2022年
監督:外山文治
出演:岡本玲、磯西真喜、海沼美羽、瀧マキ、岬ミレホ、百元夏繪、中山求一郎、鈴木武、佐野弘樹、渡辺哲
公式サイト:http://teafriend.jp/
“愛”の始まり、夢の終わり
新聞の三行広告に掲載された「茶飲友達、募集」の文字。その実態は、高齢者専門の売春クラブ〈茶飲友達(ティー・フレンド)〉。クラブの代表である佐々木マナと運営スタッフは、65歳以上のコールガールたちに仕事を斡旋し、シニア男性の欲求を満たしていく。顧客だけでなく、マナやスタッフたちもまた、それぞれの人生で心に傷を負い、“ファミリー”の一員として組織に身を寄せた人々だった。会員数は増え続け、全てが順調に進んでいくかと思われたが、ある日、思いがけない事件が発生したことで、〈茶飲友達〉は存亡の機に立たされる……。
2013年に起きた高齢者売春クラブ摘発のニュースをもとに、『ソワレ』(20年)の外山文治監督が完成させた社会派群像劇。大ヒット作『カメラを止めるな!』(17年)で知られるENBUゼミナール・シネマプロジェクトの第10弾作品であり、ワークショップで選出されたキャストたちが、主演の岡本玲や名バイプレーヤーの渡辺哲らと共演、迫真の演技合戦を見せている。
「あなたもファミリーに加わりませんか?」……こんな言葉を用いる勧誘に出くわせば、今の自分なら本能的に身構え、何かウラがあるなと疑ってかかるハズである。現状の交友関係に然したる不満は無いし、そもそも“ファミリー”なんて単語をしゃあしゃあと吐ける輩は胡散臭いったらありゃしない。けれど、年を拾って世事から遠ざかり、孤独感が日々骨身にこたえるほど膨らんだ頃合いに似たような誘いを受けたならば、毅然たる態度で提案を撥ね退けられるかどうか、あまり自信が無い。しかも、その誘い手が案じ顔の岡本玲さんだったとしたら……これはもう、嘘でも構うものかと変に思い切り、必死で泥船にしがみつこうとするかもしれない。
高級茶葉の販売を名目に顧客とコールガールを引き合わせ、「何かが起きても自由恋愛の範疇」という言い分で法律への抵触をモヤッと回避、仲介料を懐に入れる。〈茶飲友達〉の遣り口それ自体は、法のグレーゾーンでよろしくやっている管理売春組織の手口と大差ない。しかし、元ネタとなった高齢者向け売春組織の実状がどうだったのかはさておき、映画で描かれるクラブの運営模様からは、(少なくとも表面上は)“売春”という単語に付き纏う暗いイメージが殆ど感じられない。むしろその逆で、事務所になっているシェアハウスは明るい内装に日あたりも良好、砕けた雰囲気のスタッフはミーティングや送迎をテキパキとこなし、確固たるプロ意識を持ったコールガールたちの表情は生気溌剌としている。クラブを立ち上げたマナ自身もかつては風俗嬢であり、そこでの辛い経験を教訓とした「働きやすい環境づくり」が実践されているわけだ。そしてその根本には、正しいことだけが幸せと信じ、自分との関係を断ち切った母親に対するマナの反抗意識がある。弱い立場の者を放っておけない、孤独の淵にいる人を救いたい。正しさが枷となって救済策を張れないのなら、少しばかりルールを曲げて何が悪い……廉潔とは言えないが、共感を覚える部分も確かにある論だ。寄る辺のない老人や、明日の見えない若者によって形成された、ささやかな“ファミリー”。その和気藹々とした空気に触れるうち、彼ら彼女らの危うい稼業を忘れ、この暮らしがどうにか壊れず続いてくれないものかと、つい願ってしまう。
一方、様々な理由から買春に手を出す顧客のシニア男性たちも、ここでは痛みや弱みを抱えた極々ありふれた人間として描かれる。「人生100年時代」などという言葉を頻繁に見聞きするようになった昨今であるが、加齢や体力の衰えで社会生活における役割が徐々に制限されていく中、自分の存在意義を見失い、生の喜びを掴み損ねてしまう人も少なからず出てくるはず。そういう人々から対価を得て生きる張り合いを提供しているのだ、というのが〈茶飲友達〉の主張であり、実際、劇中の会員男性たちは久方振りの他者の肌の温みに安らぎ、感謝し、自ら進んでチップを弾む。後ろ暗さを覚えつつも、ようやく見つけた心のオアシス。それが無くなったとしたら、彼らは残りの人生をどう過ごすのか?妻に先立たれた独居老人・時岡を演じる渡辺哲、とあるシーンにおけるベテラン俳優の背中芝居は、今を生きる高齢者たちの孤独と不安を凝縮したかのように重い。
マナ役の岡本玲は、ドライな経営者としての顔、情に厚い保護者の顔、反抗心剥き出しの少女のような顔をシーンごとに(時にはカットごとに)巧みに演じ分けており、こんなにも多彩な引き出しを持つ女優さんだったのかと、今更ながら驚かされる。600人を超えるワークショップ応募者から選出されたキャストたちの熱演、そしてセンセーショナルな題材に負けない外山文治監督の真摯な脚本・演出により、135分というやや長めの上映時間も気にならないほどに、力強く観応えのある作品として仕上がった(外山作品をいくつも手掛けてきた朝岡さやかによる劇伴、挿入曲として使用されているE・サティ“Je te veux”の軽やかなメロディが生み出す対比の効果も印象的)。幸せな生き方とは何なのか、万人共通の正解など無い問いかけに、それでも目を向け、思い巡らすことを促す。ほっこりとしたタイトルとは裏腹に、エッジの効いた一本である。
【映画『茶飲友達』は2023年2月4日(土)より、
ユーロスペースほかにて全国順次公開】
※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症流行の影響により、公開日・上映スケジュールが変更となる場合がございます。上映の詳細につきましては、各劇場のホームページ等にてご確認ください。