2022年
監督:城定秀夫
出演:小出恵介、吹越満、宇野祥平、藤原さくら、日高七海、中島歩、浅田美代子、渡辺裕之
公式サイト:https://g-scalaza.com/
町の片隅で花開くシネマ・パラダイス
かつて青春時代を過ごした町・銀平町にフラリと流れてきた青年・近藤。金も宿も持たない彼は、鄙びたミニシアター〈銀平スカラ座〉の支配人である梶原に拾われ、映画館で住み込みのアルバイトを始める。映画好きのホームレスの佐藤、個性豊かな同僚スタッフ、映画館にたむろする多種多様な常連客たちと交流を深めていく中で、近藤もまた過去の自分と向き合い、自らの進むべき道を模索し始めるのだが……。
『アルプススタンドのはしの方』(20年)、『ビリーバーズ』(22年)の城定秀夫監督と、『苦役列車』(12年)、『超能力研究部の3人』(14年)の脚本家・いまおかしんじがタッグで描く人情ドラマ。『風が強く吹いている』(09年)、『十字架』(16年)の小出恵介が、さすらいの映画青年・近藤に扮し、本格的な映画主演復帰を果たしている。
新幹線で郷里に戻るたび、必ずと言っていいほど立ち寄って健在を確かめる映画館がある。自身は勿論のこと、筆者の父も高校生時代から幾度となく通った劇場で、近隣にシネマコンプレックスが開設されてからも地道に営業を続けている老舗だ(「立ち寄る」と言っても、チケットを購入して何か作品を鑑賞するわけではなく、施設の周りをグルリひと歩きして「ああ、やってるな」との感慨に耽る程度だが)。建物は古くなり、上映作品のラインナップも特段珍しいものではない。そもそも、最後に劇場内へ足を踏み入れたのはいつのことだったか……でも、そこに懐かしい映画館があるというだけで毎度妙にホッとしてしまう自分がいる。
本作に登場するミニシアター〈銀平スカラ座〉は、映画ファンそれぞれが持つ「ホッと一息つける場所」という理想の欠片を寄せ集めて成立させたような場所だ。館内を見回せば、クラシカルな名画からSFホラー映画まで様々なジャンルの作品のチラシ・ポスターが貼られており、ロビーでは何を観るともなく集ってきた凸凹常連客たちが、コーヒー片手に気持ち良さそうにダベっている。ゴリゴリのシネフィルだけに許された限定サロンではなく、ちょいと人恋しくなった程度でも気楽な寄り道が可能な憩いのスペース。雑然とフィルム缶が積まれた物置部屋でさえ、内なる胎内回帰願望を充足させてくれそうな居心地抜群空間に見えてくる。町の片隅にポツリと佇み、どんな人でも受容してくれるシネマ・パラダイス。先に述べたような習慣を持つ身として、まんまと心くすぐられるものがある(撮影に使われたのは、山田洋次監督作『キネマの神様』〈21年〉でもロケ利用された由緒ある市民映画館、川越スカラ座)。
主人公の近藤もまた、見えない糸に手繰り寄せられるが如く、このシネマ・パラダイスに辿り着いた漂流者のひとりだ。映画好きが高じて何時しか作り手となったが、そこでの辛い経験がもとで進路を見失ってしまった事情持ちの青年。そんな彼が〈銀平スカラ座〉とその周辺での出会いを通じて、映画への情熱を取り戻していく。映画で救い、映画に救われる人々の心の旅。それがスポ根ドラマ的な沸き立つテンションではなく、映画黄金時代の残り火というか、余熱がジンワリと染み入るようなトーンで描かれているあたりが気持ち良い。そして、一応は希望の光を残して締め括られた物語の背後に横たわる「やがてはこの風景も消えてなくなるかもしれない」という確信めいた予感、その寂しさが、町の人々に支えられ存続してきた〈銀平スカラ座〉の“今”を尊く、美しく見せている。
映画館(あるいは試写室)へ行き、作品を鑑賞し、帰路につく……そんな生活を続けているうち、最近では「ただ漫然と画面を眺めるだけのルーティーンに陥ってはいまいか?」と自問する機会が増えてきた気がする。劇中、とある人物が涙を流しながらスクリーンに向かって合掌する場面は、些か大仰なものを感じつつ、それでも同時にハッとさせられた。映画を観て「つまらない」と思ったり、鑑賞したそばから内容を忘れたり。それが好き不好きの感情による現象ならさほど問題ではないが、もしも慣れからくる感受性の鈍磨だとしたら、随分と不誠実で勿体ないこと。心身健やかな状態で“好き”を楽しみ、それを仕事にできることがどれだけ幸せか、忘れないようにしなければ……ふと、そんな思いが心中に浮かんだ瞬間であった。
【映画『銀平町シネマブルース』は2023年2月10日(金)より、
新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開】
※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症流行の影響により、公開日・上映スケジュールが変更となる場合がございます。上映の詳細につきましては、各劇場のホームページ等にてご確認ください。