武器を持たず、隠れ場所もない彼らに、生き残る手段はあるのか……?
マン・ハント(人間狩り)は、観客を絶えずハラハラ、ドキドキさせる映画には打って付けの題材だ。そして大もとの構成がシンプルなぶん、舞台設定と人物造形(特にハンター側)に思い切ったヒネリを加える余地もある。『猟奇島』(32年)、『裸のジャングル』(66年)、『ヒッチャー』(86年)、『バトルランナー』(87年)、『アポカリプト』(06年)、『追撃者』(14年)……ここに『クライモリ』(03年)のようなホラーや、狩猟者が宇宙からやってくる『プレデター』(87年)等のSF映画まで加えていけば、作品リストはおそろしく長大なものになるだろう。程度の差こそあれ、これらの映画に共通して流れているのは、危険やタブーを踏み越えてしまった者たちの高揚、「禁じられた遊び」に感じる背徳的な悦びである。
本作で不法移民たちに銃を向ける襲撃者の正体は、物語序盤で割とアッサリ明かされる。古びたトラックに乗って国境周辺を徘徊し、カントリーなんぞ聴きながら飼い犬(このワンコの演技がまた素晴らしい)に話しかける孤独なガテン系オヤジ。逃げ惑う移民たちを遠距離射撃で皆殺しにした後で、「ウッハー、たまらんぜ!!」と興奮覚めやらぬ様子で火酒を呷る。そこには、『ヒッチャー』に登場する殺人鬼、ジョン・ライダーが抱えていた底知れぬ狂気も、『激突!』(71年)の顔無しドライバーや『ロードキラー』(01年)のラスティ・ネイルが纏う超然としたムードも無い。不法移民を記号的な「目の敵」にしてはいるが、ゼノフォビック(外国人嫌悪)な切迫感もなんだか希薄だ。丸腰の標的から想定外の逆襲を食らって激しく狼狽するあたり、「殺すか殺されるか」というギリギリのスリルを求めているとも思えない。彼の心理を真っ正直に表すならば「大義名分を掲げて人殺しができるのってサイコー!ただし反撃は勘弁な」といったところだろう。いささか乱暴な要約ではあるし、言葉にしてみると本当に身も蓋もないのだが、その凡庸さが却って不気味である。「人を殺してみたかった」、「誰でもよかった」、「ついカッとなって」等々、動機と呼ぶのも憚られるような愚かしい欲求と、それに端を発した凶悪犯罪が横行する昨今。ドナルド・トランプ政権下の移民問題と絡めて語られることの多い本作も、ちょっと視点を変えてみることで、より根深くて普遍的な「悪の姿」を見出すことができるはずだ。
監督のホナス・キュアロンは、『トゥモロー・ワールド』(06年)や『ゼロ・グラビティ』(13年)などで知られる技巧派アルフォンソ・キュアロンの息子。サスペンス演出に関しては、親父さんと比べるとまだまだ未成熟な部分もあるものの、88分というタイトな上映時間でストーリーを纏め上げた手腕は評価に値する。プレスリリースによると、目下準備中の新作は今回主演を務めたガエル・ガルシア・ベルナルと再タッグを組む冒険活劇『怪傑ゾロ』なのだとか。黒マスク&黒マント姿で剣を振るうガルシア・ベルナル……何それ、超エロいんですけど!アホな妄想はさておき、生存競争の激しい映画界で新鋭監督J・キュアロンはどう化けるのか、今後が楽しみである。
<STORY>
メキシコとアメリカの国境。モイセスは家族に会うため、十数名の移民たちと共にアメリカへの不法入国を試みる。道の半ばで乗っていたトラックが故障し、やむなく徒歩で国境越えを目指す一行。しかし突然、移動中の彼らに向けて何者かが銃撃を開始。パニックに陥った移民たちは、姿なき狙撃者の手で一人、また一人と撃ち殺されていく。モイセスを含めた数名だけが最初の襲撃を辛くも逃げ延びるが、そこは広大な灼熱砂漠。武器を持たず、隠れ場所もない彼らに、追撃をかわして生き残る手段はあるのか……?
監督:ホナス・キュアロン
製作:ホナス・キュアロン、アルフォンソ・キュアロン、カルロス・キュアロン、アレックス・ガルシア
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、ジェフリー・ディーン・モーガン