2022年
監督:東海林毅
出演:田村泰二郎、水石亜飛夢、寺山武志、日出郎、モロ師岡、田中理来、新垣篤、津田寛治、千葉雅子、村井國夫
公式サイト:https://oldnarcissus.com/
※本作はR15+指定作品です
過去に囚われ、未来に惑う彷徨
ゲイでナルシストの老絵本作家・山崎は、衰えゆく自分の容姿に耐えられず、作家としてもスランプに陥っていた。ある日、ウリセンボーイのレオと出会った山崎は、彼の絵本を心の糧にして育ったというこの青年に恋心を抱く。レオもまた、幼い頃に亡くした父親の面影を山崎に重ね合わせるが、パートナーのいるレオが山崎の恋慕の情に応えることはない。すれ違いを抱えたまま始まった2人の関係、その旅の果てに見えた景色とは……。
『片袖の魚』(21年)の東海林毅監督が、第27回レインボー・リール東京グランプリほか数々の映画賞に輝いた同名短編映画(17年)を長編化。世代も考え方も異なる同性愛者たちの苦悩や葛藤、生きる喜びを描く。出演は、短編版から引き続いての山崎役にして、今回が長編初主演となる田村泰二郎、『黄龍の村』(21年)の水石亜飛夢など。
新作執筆から遠ざかっているとはいえ、絵本作家として成功した山崎の暮らし向きは(少なくとも経済的な観点からは)決して悪くはなさそうだ。立派な家や車を所有し、食うに事欠く様子もなく、彼のことを気にかけてくれる友人知人も存在する。しかし現在の心の有り様はといえば、お世辞にも健全とは言い難い。皮肉屋で嫉妬深く強情、昔からのゲイ仲間にも憎まれ口を叩いて怒らせ、空き缶集めをするホームレスには侮蔑の眼差しを向けながら「あんな風にはなりたくないねぇ……」と呟く。かつては山崎にも若さと美しさがあり、それが持ち前の自己愛との均衡を保っていたのだが、加齢でそのバランスが崩れ、影響が捻くれた形で表出しつつある。容姿の衰え、体調不良……老化に付きものの自然な変化も、彼にとっては耐え難い責め苦だ。過去に囚われ、抗えぬものに抗おうと足掻く孤独な老人。山崎のレジストを体現する田村泰二郎の肉体は、どんな台詞よりも生々しく雄弁である。
人生の黄昏時に煩悶する山崎、そんな彼とは世代も考え方も全く異なるもうひとりの主人公が、ウリセンボーイのレオだ。若く美しく活力に満ち、おまけに素直で気立ても優しいこの青年は、偏狭頑固な老ナルシストの心も蕩けさせるほどの魅力の持ち主。未来に無限の可能性を秘めた若者で、ドン詰まりの境地にいる山崎からすれば眩しくて仕方のない存在だが、レオ自身はその茫漠とした未来に言いようのない不安を覚えてもいる。同棲中のパートナーから「今よりも一歩踏み込んだ関係を築こう」と提案されても、早くに父親を亡くし、母親とも疎遠になって久しいレオにとって、“家族”という感覚はひどく曖昧で掴みづらい。当然そこには、LGBTQカップルが結婚に相当する関係となることで生じる日常の変化への気掛かりも含まれていよう。仕事を離れても山崎と語り合い、行動を共にするレオは、自らが今後どのような選択をするべきかのヒントを、この“メンター”と呼ぶにはあまりに危なっかしい人生の先輩の中に見出し、懸命に盗み取ろうとしているようにも見える。過去に囚われ、未来に惑う男たち。形状違いのピース2つが、不思議な調和でもってカチリとはまる……のだが、元々の思惑の相異は如何ともし難い。あまりに見苦しく、あまりにも人間くさい衝突の果てに、それぞれが辿り着いた「ひとまずの」決着が姿を現す。
老いること、そしてその先にある死への不安は、誰もが人生のどこかで(あるいは一生涯をかけて)意識せざるを得ない問題である。あまり良い意味で用いられることのない“ナルシシズム”も、活動中であれ休眠状態であれ、今を生きる人々の多くが腹の中に抱えている極々ありふれた感情と言える(語源となったナルキソスのような、自身を性的対象とするほど強い自己愛の持ち主となると、その数はだいぶ減ると思うが)。本作は登場人物の多くが性的マイノリティであり、彼ら彼女らが社会生活を営むうえでの困難やパートナーシップ制度の課題も描いてはいるが、殊更そこばかりを掘り下げるわけではなく、むしろ「心の拠り所を見つけられない人々の苦しみ」、「抗いようのない時の流れに対する恐怖や受容」といった、この上なく普遍的なテーマにこそ主眼を置いている。
東海林毅監督とは、共通の知人を介して何度かお会いしたことがあり、いつぞやは映像作品の合成作業に関するメール相談にも乗っていただいた。酒の席では快活かつ饒舌、場の雰囲気をスカッ晴れにする生来の陽キャ兄さん、という印象を持ったが、アルコールを呷りながらの雑談やテクニカルな相談事からは窺い知ることのできなかった部分も多い。今回、作品を通して氏の“世界”を垣間見ることができたのは、仕事以外の面においてもなかなか貴重な経験であった。
【映画『老ナルキソス』は2023年5月20日(土)より、
新宿 K’s cinemaほかにて全国順次公開】
※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症流行の影響により、公開日・上映スケジュールが変更となる場合がございます。上映の詳細につきましては、各劇場のホームページ等にてご確認ください。