サスペンス

『恐怖の報酬 【オリジナル完全版】』レビュー!

1977年(日本劇場公開:2018年)
監督:ウィリアム・フリードキン 
出演:ロイ・シャイダー、ブリュノ・クレメール、アミドゥ、フランシスコ・ラバル、ラモン・ビエリ

挑戦、挫折、再評価……遅れて炸裂した異形の大輪

数えるほどのスタッフ・キャストと乏しい予算、当然スケジュールもキツキツ。そんな環境でキャリアをスタートさせた監督がどこかのタイミングで認められ、作る映画の規模も認知度も徐々に拡大、やがては誰もがその名を知るほどの巨匠へと成長する……なにも売れっ子になることばかりが成功ではないが、才ある人が相応の評価を受けて着実にステップアップしていくのを見るのは嬉しいものだ。しかし、現実は厳しい。どんなヒットメイカーであろうと、経験を積んでいく中で批評的・興行的に辛い目を味わうことがある。それが監督本人からしてもイマイチ手応えを感じられない作品だったなら、まだ気持ちの切り替えがきくだろう。では、自分では最高傑作だと思えたモノが、批評家に嫌われ、観客からもソッポを向かれてしまった場合はどうか?そうしたリアクションは「1本の映画に対する反応」というだけに留まらず、監督のその後のキャリアにも暗い影響を及ぼす可能性がある。

『フレンチ・コネクション』(71年)で作品賞、監督賞を含むアカデミー賞5部門受賞を果たし、続く『エクソシスト』(73年)を世界的メガヒットに導いたウィリアム・フリードキン監督は、当時まさにキャリアの絶頂期。気性が激しく現場でのトラブルもしょっちゅうだが、賞とお金はしっかり稼ぐ。2連発の大花火打ち上げに成功した結果、若くして地位と名誉を手に入れ、揉み手で擦り寄ってくるスタジオには事欠かない……そんなフリードキンが次なる企画に選んだのは、ジョルジュ・アルノーが小説として発表し、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督が『恐怖の報酬』(53年)で映像化した物語をリメイクするという挑戦だった。予算はユニバーサル&パラマウントの2大スタジオによる共同出資、ロケ地は3大陸の5か国に及び、大掛かりな爆破シーンやカースタントも含んだ超大作。フリードキン自身、のちに「それまでに撮ってきた作品全てがこの企画のためのウォーミングアップだったのだ、とさえ思った」と回顧したほどの鼻息の荒さで、3発目の大輪をブチ上げるべく、リスキーな勝負に打って出る。

『ワイルドバンチ』(69年)の脚本家、ウォロン・グリーンと組んでシナリオ作成、難航したキャスティング作業も纏め上げ、ようやくクランクインに漕ぎ着けたが、撮影行程は映画の内容を地で行くような悪路に次ぐ悪路だった。監督と意見が対立したキャメラマンの途中交代などはまだ軽微なほうで(因みに、降板したディック・ブッシュは『エイリアン2』〈86年〉でもジェームズ・キャメロン監督と照明設計方針を巡って衝突し、現場を去っている。いやはや何とも……)、当初の撮影スケジュールは瞬く間に崩壊。大枚をはたいて完成させた吊り橋のセットは、川の水が干上がってしまって使うに使えず、解体と代用ロケ地での再建造を余儀なくされた。日程の遅延でセット維持費やクルーへの支払いは嵩み、キャストを企画に繋ぎとめておくためのギャランティも馬鹿にならない。現実逃避か異国での浮かれ熱か、ついには麻薬所持のかどで国外退去を命じられるスタッフまで出てくる始末。「油井火災を止めるべく、4人の男たちが危険な消火用ニトログリセリンの運搬ミッションに挑む」……文字にすれば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年)ばりにシンプルな物語、それが破竹の勢いで猛進を続けようとするフリードキンの行く手を遮ったのだ。慣れない土地での長期ロケにより、現場ではケガや食中毒、マラリアが蔓延。フリードキンも過労とストレスで体重が激減し、撮影終了後には“土産”のマラリアに半年間苦しめられたという。本作舞台裏における「心温まるイイ話」はといえば、原題“Sorcerer(魔術師)”が正式決定する前、フリードキンが“Ballbreaker(金玉つぶし)”というタイトル案を挙げ、映画会社の社長をドン引きさせた……という素敵エピソードくらいであろうか。

人死にが出なかっただけでもメッケモノな苛烈極まりない撮影を経て、1977年6月に北米公開された『恐怖の報酬』。ところが、世間の評価は冷ややかなものだった。「傑作をリメイクするという行為そのものに向けられた偏見」、「キャストは地味、内容もダーク過ぎる」、「流行り廃りを読み違えた」、「全部『スター・ウォーズ』(77年)のせい」、「あの監督なんかムカつく」……諸説ある敗北要因のうち、どれが致命の一撃だったのかは不明だが(あるいは全部か)、とにかくウケなかった。北米での興行的不振により、世界配給を担っていた会社は映画の再編集を決定。2時間の作品を90分にまで短縮するという荒療治を施し、それを世界にばら撒いた。多くの観客は、リリースされた商品が傷物であることも知らされず、「成功に酔った傲慢監督の底抜け超大作」と判定。世界興収も惨憺たる結果に終わり、フリードキンの華々しい監督人生はここで一旦の幕引きを見る。

その後、ホームビデオの出現で、映画はシアターから家庭に進出。『恐怖の報酬』もVHSテープやレーザーディスクとして発売され、そこで初めてオリジナル版に触れる人たちも多かった。一方、キャリア最大の挫折の後、それでも雌伏して執念を燃やし続けていたフリードキンは、裁判まで起こして『恐怖の報酬』の複雑な権利問題をクリア。自らレストアの監修にあたり、2013年のヴェネツィア映画祭で4Kデジタルリマスター版のプレミア上映が実現する。日本でも、これまた地道で長い契約交渉の果てにオリジナル版の劇場公開が決定し、『恐怖の報酬 【オリジナル完全版】』と題されてスクリーンに帰ってきた。

筆者は本作を、通い慣れたシネコンの座り慣れたシートで鑑賞したが、上映開始早々にある種のタイムスリップ感覚に陥った。このイビツさ、押し迫る狂気じみた香り。昨今のトレンドと全く異なる路線を走っているのは勿論、今までに観たどのフリードキン作品とも手触りが違う。『クルージング』(80年)、『L.A.大捜査線/狼たちの街』(85年)、『ハンテッド』(03年)、『キラー・スナイパー』(11年)……ソフトで観たフリードキンの映画に衝撃を受け、ガラガラの劇場で独り興奮した経験は過去にもあるが、これはもっと濃厚で猛々しく、場面によってはツッケンドンな印象すら感じる。降雨装置とヘリコプターの吹きおろし風で暴風雨を演出したという吊り橋渡りのシーンなど、からくりを知っていても正気の沙汰とは思えない。そこに被さる、動物の咆哮を混ぜ込まれたおんぼろトラックのエンジン音、そしてタンジェリン・ドリームによる不穏なシンセ・サウンド。いつの間にか、ニトロ運搬という本来の目的さえ頭から吹っ飛ぶほどのカオティックな決死行には、興奮を通り越して唖然とさせられた。油断した瞬間に呆気なく失われる命、カタルシスを排した語り口、苦く曖昧なラスト。面白いか否かよりも、まず「凄い」という感想が先に来る。フリードキン渾身の特大花火、それも異形の大輪が、確かにそこにあった。

『恐怖の報酬』が汚名返上を成し遂げた今、ドキュメンタリー映画やインタビュー映像に登場するフリードキンは、過去の苦い体験を語っている最中でも語勢と表情に「してやったり」風の余裕がある。出資会社からもゴミ同然に扱われていた作品をサルベージ・修復し、自身のマグヌムオプスとして認めさせたのだから、それも宜なるかな、といったところだろう。そして本作以外にも、公開当時に失敗作の烙印を押され、どこぞの倉庫の奥深くに打っ棄られたままになっている「見過ごされた傑作映画」のオリジナルネガは、まだまだ幾つもあるはず。第2、第3の『恐怖の報酬』、そうした怪物が次また出現するのはいつの日か……斯様な夢想も、飽きることのないシネマ・ロマンだ。

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