ドラマ

『あの子の夢を水に流して』熊本・球磨川を舞台に描く「生命」をめぐる物語、先行レビュー!

2022年
監督:遠山昇司
出演:内田慈、玉置玲央、山崎皓司、加藤笑平、中原丈雄
公式サイト:https://anoko-no-yume.com/

一所に留まることのない“人生”という流れ

生後間もない息子を亡くした瑞波は、心の傷の癒えぬまま、10年ぶりに故郷の熊本・八代へと帰省する。幼なじみの恵介と良太に再会し、豪雨災害の爪痕が残る球磨川沿いを歩き始める瑞波。そこで語られるのは、各々が「あのとき」に見た光景。失われたものと残されたものに思いを巡らせる3人が、小さな旅の中で触れた「生命の輝き」とは……。

『マジックユートピア』(15年)の遠山昇司監督が、熊本県を中心に日本各地で大きな被害を出した〈令和2年7月豪雨〉を受けて制作した長編映画。『レディ・トゥ・レディ』(20年)、『決戦は日曜日』(22年)の内田慈が主人公・瑞波に扮し、共演は『教誨師』(18年)の玉置玲央、劇団「快快-FAIFAI-」に所属する山崎皓司、熊本出身のベテラン俳優・中原丈雄など。

試写を観終えて客電が灯った後、これは一体何を描きたい映画だったのだろうと、暫し沈思黙考した。いや、別段入り組んだストーリーではない。我が子を失った傷心の女性が、郷里を訪れ、友人知人と再会し、語り合い、再び去っていく。至ってシンプルだ。ただ、物語の核心と思しきものに手を伸ばしてみても、捉えきれずに指の間からスルリと流れ抜けてしまう、そんな掴みどころの無さを感じる。そう、まるで劇中の台詞にある「世界を“浮かぶもの”と“沈むもの”に分けた場合」の、後者を探り求めるような感覚。一見平穏な現在の風景と、かつてそこにあった悲惨な光景、それらを地続きの記憶として持ちながら生きる人々の姿が、実際にスクリーンに映し出される物語よりも更に長大なドラマの存在を示唆し、想像力を掻き立てる。

本作が撮影されたのは、2021年の10月。豪雨災害から1年と少しが経過した頃であり、被災直後の惨状からすれば、復旧・復興作業もだいぶ進んでいるように見える。大作映画で目にするような、VFXを用いた派手派手しいディザスター描写も無く、映像表現としては(切り取る画も編集テンポも)全体的に穏やかなものだ。氾濫する川、茶色い水に浸かった家々などの映像は当時テレビで繰り返し流され、今も動画共有プラットフォームに数多く置かれているので、再現映像を用意したところで生半な振り返り以上のものにはならなかっただろう。本作にも、破壊されて通行止めになったままの道路や欠損した橋りょうなど、ひと目でそれと判る大災害の痕跡がいくつも登場するが、むしろ印象的なのは、整備し直されたインフラ周辺に散らばる微かな異物(土砂や流木の残滓)、川面を漂うゴミのエキストラカット、そして瑞波たち3人の会話から浮かび上がる、視覚化されない過去のイメージのほうだ。わかりやすくショッキングな映像が少ないぶん、断片的な情報から喚起される想像図が却って禍々しさを内包したものになる。脚本と予算を擦り合わせる過程で自ずと決まった方向性なのかもしれないが、観る者のイマジネーションを借りた“世界”の拡張が機能している(同時にこれは、アートプロジェクトや舞台の演出も手掛ける遠山監督の「その場にないものを如何にして観客に“ある”と感じさせるか」という、演劇的試行の応用技とも取れる)。

登場人物たちの心境の変遷も、何らかの決定的な出来事を起点・終点とした明瞭なものではないうえに、どこかおぼろげだ。独白、ボイスオーバー、居住空間の様子の変化などをヒントに、シーンごとのキャラクターの心情や状況の移ろいをある程度察することはできる。しかし、たとえそれが事態の好転を暗示するものであっても、「万事丸く収まりました」的な安心感はここにはない。辛い記憶も素敵な思い出も呑み込んで、決して一所に留まらず流れ続ける“人生”という川、そこを作劇上の都合で楽天的な単色に染め上げてしまうことを、本作は意識的に避けているように見えるのだ。困難や悲しみに毅然として立ち向かう人間の強さだけでなく、その脆弱性や見通し不透明な部分も敢えて描き、いかにも映画的できっぱりした決着とはひと味違った余韻を残す。結果、先に述べたような掴みどころの無さというか、何かモヤモヤしたものが生じるのだが、この得体の知れない感覚こそが(どこまで行っても“途中経過”でしかない)人生の本質なのかもしれないなと、不思議に納得もしてしまう。

筆者の実家がある長野県でも、令和元年の東日本台風では堤防の決壊・越水が発生。千曲川流域とはいえ、それまでは何となく「身近で水害なんて」と呑気に構えていただけに、見知った場所が水浸しになっているニュース映像には、猛スピードで転がる大岩が鼻先を掠めていったような恐怖を覚えた。あれから数年、水禍があったことを示す痕跡はだいぶ薄らいだが、河川敷の木の枝に農業用ビニールの切れ端が絡まっているのを見つけたりすると、あの時の信じがたい光景がまざまざと甦ってくる。自然災害や事故、病気など、人生観が一変してしまうほどの厄難に見舞われる可能性は、何時でも何処にでもあるのだ。年がら年中「生きることの意味とは?」などという哲学的思案に明け暮れる必要も無いとは思うが、平穏無事な日々を過ごせることへの感謝の念は、常に持ち続けたいものである。

【映画『あの子の夢を水に流して』は、2023年5月20日(土)より、
ユーロスペース他にて全国順次公開】

※公開日・上映スケジュールが急遽変更となる場合がございます。上映の詳細につきましては、各劇場のホームページ等にてご確認ください。
©2022「あの子の夢を水に流して」製作委員会

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