ドラマ

『ジョーンの秘密』英国史上、最も意外なスパイ――実話を基に描いた衝撃作、公開直前レビュー!

2018年
監督:トレヴァー・ナン
出演:ジュディ・デンチ、ソフィー・クックソン、スティーヴン・キャンベル・ムーア、トム・ヒューズ、ベン・マイルズ、テレーザ・スルボーヴァ
公式サイト:https://www.red-joan.jp/

反逆者か、貢献者か

2000年5月。イギリス保安局が、郊外に住むひとりの老婦人を逮捕する。その人物の名はジョーン・スタンリー。半世紀以上も前、核兵器開発計画の機密情報をソ連に流したというスパイ容疑での逮捕だった。ジョーンは無罪を主張、彼女の息子で弁護士のニックも、母の潔白を証明するべく事情聴取に立ち会うことにする。しかし、取り調べが進むにつれて次々と明らかになっていくのは、それまでニックも知らされていなかったジョーンの過去と、彼女が歴史のダークサイドに関わっていたことを裏付ける証拠の数々。一体、ジョーン・スタンリーとは何者なのか?同僚や家族、祖国を裏切ってまで、彼女が守ろうとしたものとは……。

20世紀末、かつてKGB(ソ連国家保安委員会)のスパイであったことを暴かれ、原爆開発計画の極秘資料をソ連に渡していたと認めた“ばあばスパイ”ことメリタ・ノーウッド。本作は、この実話をベースにした英国人作家ジェニー・ルーニーのベストセラー小説“Red Joan”を、『十二夜』(96年)のトレヴァー・ナン監督が映像化した歴史ドラマである。

イアン・フレミングによって創造され、長寿映画シリーズ『007』の主人公として今なお絶大な人気を誇るスパイといえば、ご存じジェームズ・ボンド。英国のみならず、全世界規模の危機までも幾度となく食い止めてくれた頼もしい御仁だが、エンターテインメント作品で描かれるスパイと現実世界におけるスパイがまるで別物であることは周知の事実だろう。歴代ボンドガールのような美女たちにチヤホヤされることなどあり得ず(いや、モテる野郎もいるのかもしれないが)、邪魔者だからといって簡単に始末するわけにもいかず(中にはジャンスカ殺しまくる異常者もいるかもだが)、何たって本物の活動はもっと地味なはず。そこへいくと、響きだけで男心を激しくザワつかせる“女スパイ”という肩書きも、その実像はマタ・ハリや川島芳子などのパブリックイメージに見られる“魔性”“勇婦”等の表現からだいぶ離れた地点にあるのではないかと思えてくる。

老年期のジョーンに扮するのは、『恋におちたシェイクスピア』(98年)におけるエリザベス女王役でアカデミー助演女優賞に輝き(出演時間僅か8分での受賞は、『ネットワーク』(76年)のベアトリス・ストレイトと並んでもはや伝説)、ほかでもない『007』シリーズではMI6局長“M”を長きに亘って演じ続けたジュディ“デイム”デンチ。『007 スカイフォール』(12年)でボンドと協力し、ブービートラップで武装グループを迎え撃った彼女の戦いぶりを覚えていれば、スパイ容疑で告発されることぐらい屁の河童じゃないのさ、と思うところだが、こっちのデンチはマーガレット・サッチャー的アイアンレディ属性からは程遠い、いたってフツーの老女だ。いきなりの逮捕に激しく動揺し、監視用のGPS足輪を装着させられてガックリ気落ち。「これは何かの間違いよ!」と必死に身の潔白を訴える老ジョーンは、とても国家機密情報の漏えいなどという大それたことをしでかす人間には見えない。やがて薄皮を剥がすが如く、ジワジワと真相が明らかになっていくわけだが、ここでもジョーンの行動を支えた動機が、事の重大性と比べてあまりにも素朴であることに驚かされる。色恋、疎外感、疑念、当時の世情から抱いた危機感……どれもこれも、ひとつ取ってみただけでは凡庸すぎて何の脅威も感じられないファクターだが、それらが寄り集まって引き起こされた結果を見るにつけ、歴史というものの脆さ・危うさを強く意識せずにはいられない。希代の反逆者か、はたまた列強のパワーバランスに均衡をもたらした貢献者か?観終わった後もモヤモヤとした余韻を残す物語の中心に、アンビバレントな感情の綱引きを確かな説得力と共に体現できる名優ジュディ・デンチを置いたあたり、このベテラン女優に対する作り手の信頼と狙いが見てとれる。「フツーの老女」なんて書いてみたが、そんな役でもデンチ様の強靭さはやっぱり不変だ。

若き日のジョーンを演じるソフィー・クックソンは、どちらかと言えば没個性的な顔立ちで終始淡々とした芝居に徹していることもあり、さほど強い印象は残らない。しかし第二次世界大戦前夜~東西冷戦期の女性を取り巻いていた社会的環境を考えれば、この希薄な存在感や、劇中でジョーンが男どもから受けるぞんざいな扱い等を通して、当時の“リアル”が見えてくる。それにクックソンの儚げな佇まいが無ければ、ジョーンを籠絡するロシア人青年のレオや、上司で愛人のデイヴィス教授が大して面白みのないキャラクターに堕ちていた可能性もあるので、彼女の貢献は意外と大きいのかもしれない。出会ったばかりの川岸デートでディケンズを諳んじてみせるようなキザッたらしい野郎は、きっとロクなもんじゃないけどな(暴論)!!

【『ジョーンの秘密』は8月7日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他にてロードショー】

※新型コロナウイルス(COVID-19)流行の影響により、公開日・上映スケジュールが変更となる場合がございます。上映の詳細につきましては、各劇場のホームページにてご確認ください。


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