2019年
監督:ニマ・ジャウィディ
出演:ナヴィッド・モハマドザデー、パリナーズ・イザドヤール、セタレ・ペシャニ、マニ・ハギギ
公式サイト:http://just6.5andwarden.onlyhearts.co.jp/
瞳の奥に見えたもの
1966年、イラン南部。新空港の建設に伴い移転が決まった刑務所で、所長のヤヘド少佐は囚人たちを新しい刑務所へと移送する任務にあたっていた。ところが、作業もいよいよ終わりかと思われた頃、彼のもとに衝撃的な報告が届く。新刑務所に押送したはずの死刑囚が1名、行方知れずになっているというのだ。この任務を果たせば大きな出世が約束されている少佐にとって、囚人の逐電など決して起きてはならない最悪の事態。現場の状況から、死刑囚がまだ刑務所の中にいると推測した少佐は、部下たちと共に所内の徹底的な捜索を開始するが……。
長編デビュー作『メルボルン』(14年)で、アジア太平洋映画賞最優秀脚本賞やカイロ国際映画祭ゴールデン・ピラミッド(グランプリ)などを受賞したニマ・ジャウィディ監督による、長編第2作。『ジャスト6.5 闘いの証』(19年)のナヴィッド・モハマドザデー、パリナーズ・イザドヤールが出演し、『ジャスト~』と同じく本国イランで大ヒットを記録したミステリー・ドラマである。
寒々しいルックの映像の中、雨が絶え間なく降り続け、刑務官たちは黙々と移転作業に勤しんでいる。刑務所の中庭に鎮座しているのは、これまでに無数の死刑囚を冥土送りにしてきたであろう絞首台だ。ヤヘド少佐をはじめ、制服組はいかにも四角四面といったツラ揃いで、ユーモアセンスが割り込む余地など無さそう。「ただでさえ明るいニュースの少ないこの御時世に、こんな陰気くさい映画のチケット買っちゃって……しくじったかしら?」と、不安にかられるお客さんもいるかもしれない。
ところがどっこい。確かに本作はシリアスなミステリー映画としての幹を持ってはいるが、同時に観客を飽きさせないためのネタもそこかしこに仕込まれており、しかもそのネタはスリル、ロマンス、ユーモアと、意外なほどに種類豊富だ。そして、それらが不発のまま放置されず、うまい具合に機能していることについては、主人公のヤヘド少佐に扮したナヴィッド・モハマドザデーの演技力によるところが大きい。『ジャスト6.5』での若き麻薬王役とは打って変わって、老けメイクで野心家の刑務所長を演じたモハマドザデー。芝居のレパートリーが貧弱な役者なら、ひたすら型通りなつまらないキャラクターで終わってしまいそうなところ、この「目下メチャメチャ勢いに乗っている売れっ子俳優」はあの手この手で演技に面白みを加え、引き出しの多さを見せつける。例えば、密かに想いを寄せていたソーシャルワーカーが来所する場面、ポーカーフェイスを保ちながら内心ワクついているに違いないヤヘドは、指にツバつけて眉を整える。出世の確約を取り付けるシーンでも、やはり人前では平静を装いつつ、物陰に引っ込んだ瞬間「っっっしゃあぁぁ!」と、ひとり歓喜タイム突入(もちろん声は全力封印)。こうしたいちいち人間くさい小芝居が、堅物役人であるはずのヤヘドを感情移入可能なキャラクターとして成立させており、刻一刻とタイムリミットが迫る中、失態が露呈することへの恐怖で彼がジワジワ追い詰められていくくだりは、緊迫感とささやかな滑稽さの配合が妙に心地良い。
そして、人気女優パリナーズ・イザドヤール扮するソーシャルワーカーのカリミが体現しているのは、1960年代中期のイランにあった独特のムードだ。白色革命で押し寄せた変化の大波の一端を、彼女の立ち居振る舞いや西欧風ファッションを通してそれとなく呈示。もちろん、もとからズバ抜けた美貌の持ち主であるイザドヤールはどうしたって美しいわけだが、ヒジャブやチャドルといった伝統衣装のイメージが脳に刷り込まれている人ならば、カリミというキャラクターが纏う特異な時代の空気感に一瞬ハッとさせられることだろう。こういう差異によって過去の一時代の雰囲気を味わえるのも、映画鑑賞の醍醐味のひとつである。
追う者と追われる者、両サイドが派手に激突することなく燻るように進行していた物語は、最後の最後で急展開を迎える。ここでの某人物の行動が(その前にとある事実が明かされているとはいえ)少々唐突で不自然だととらえる向きもあるようだ。その瞬間、某氏の胸中にどんな感情が芽生えたのか、正確に言語化するのは不可能に近いし、「過剰説明を嫌うジャウィディ監督らしいエンディング」ということで、ボンヤリ納得する程度で構わないのかもしれない。だが、それまで書類に記載された数値か何かとしか思っていなかった対象を“人”とハッキリ認識させられた際の衝撃が、計り知れないほど大きいものであろうということは容易に想像がつく。「相手の瞳の奥を覗き込む」という行為は、時として己の人生を一変させてしまうほどのドデカい爆弾となり得るのだ。
【映画『ウォーデン 消えた死刑囚』は1月16日(土)より、
新宿K’s cinema他にて全国順次ロードショー(同時公開作品:『ジャスト6.5 闘いの証』)】
※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症流行の影響により、公開日・上映スケジュールが変更となる場合がございます。上映の詳細につきましては、各劇場のホームページ等にてご確認ください。