2021年
監督:マイケル・サルノスキ
出演:ニコラス・ケイジ、アレックス・ウルフ、アダム・アーキン、ニーナ・ベルフォーテ、グレッチェン・コーベット
公式サイト:https://pig-movie.jp/
ニコラスmeetsブタ。その珍奇豊潤なる味わい
オレゴン州ポートランド。人里離れた森の中で暮らすロビン・“ロブ”・フェルドは、ブタの鼻を使ったトリュフ採取で生計を立てていた。ある夜、ロブの住む小屋に賊が押し入り、ブタを誘拐。ロブは大切なブタを取り返すべく、バイヤーのアミールを連れて街へと下る。僅かな情報をかき集めながら、事件の核心に迫ろうとする2人。その過程で、しがないトリュフハンターかと思われたロブの驚くべき過去もまた、少しずつ明らかになっていく……。
いつの頃からか、ニコラス・ケイジ出演作を積極的に追いかけるのを止めてしまっていた。21世紀突入後、特に2006年頃から年間出演本数がどっと増え、元来そこまで熱心なニコラス・ファンでなかった筆者は早々に戦意喪失。時たま観る作品の中には、思わず身を乗り出すような快作もあったが、一方でどうにも歓迎し難いションボリ映画、乗り気で出演を了承したのか甚だ怪しい駄作もドッサリ。のちに、浪費癖が祟って巨額の借金を抱えたニコラスが「質より量」で仕事をこなさなければならない状況にあったことを知るも、無理して粗製濫造に付き合う義理はあるまいと、食わずの敬遠に流れていったのだ。故に、〈俺のブタを返せ。〉、〈ニコラス・ケイジが愛するブタを奪還する、慟哭のリベンジスリラー!〉と、本作日本版ポスター記載の無性に心ワクつく惹句を目にした時も、過度の期待は抱かぬよう努めて平静を保ち、観賞に臨んだ。実際、この広告は本編の内容を的確に表しているとは言えない。しかし、「だったらお前はどんな煽り文句が最適だと思うのだ?」と問われると、確かに即答は難しかろうなと感じる、そんな珍奇で豊潤な味わいを含んだ映画なのである。
本作でニコラスが演じるロブ・フェルドは、そのうち人間を卒業するのではないかと思うほどに濃厚な世捨て人ムードのオーナー。髪も髭もボサボサ、他人の目などカケラも気にしていないであろうその風貌は、まさに圧倒的不審者の極みだ。唯一と言ってもいい外界との繋がりは、時々トリュフを受け取りにやってくるアミールぐらいなものだが、そこにも心許した者同士のフレンドリーな交流は皆無。数々の出演作で見せてきたハイテンションな演技が「まるでルー大柴」と揶揄されることもあったニコラスのあまりの変わりように、まずは意表を突かれる。
のっぴきならない理由で久々の人里入りを果たしてからも、喧騒に呑まれることなく黙々と我が道を進むロブ。その「ブタを返せ」の一念たるや相当なもので、拳骨も脅し文句も彼の行く手を遮ることはできない。同時に、街の裏事情に不思議と精通しているロブの言動や、彼の名を聞いた業界人たちの異様な反応から、このみすぼらしい中年男が「知る人ぞ知るレジェンド級の何者か」であるらしいと分かってくる。さらには、たまたま騒動に巻き込まれただけかと思われた人物が、其の実コトの発端に大いに関わるキーパーソンであったことも判明。ようやく黒幕の正体を知ったロブは、伝説持ちの彼ならではの秘策を携え、静かなる決闘に臨む。
謎解きあり、クライム風味あり、暴力あり……ただ本作では、それらの要素一つ一つが特段のひねりやインパクトを持っているわけではない。数シーン先でどんな展開があるか、勘の鋭い人なら何となく察しはつくだろうし、敵の正体(そもそも“敵”という表現が適切なのかどうか)とその犯行動機も、身も蓋もない言い方をすれば随分チンマリしたものだ。ところが、いつになく抑えた演技で通しているはずのニコラス=ロブから「匂い立つ」バックストーリーや感情の揺れ動きが何にも増して鮮烈で、否応なしに引き込まれてしまう。最初は「ブタ一匹に何を大袈裟な……」と冷笑気味に眺めていたところ、ロブの人生に関する断片的な情報を拾い集めるうちに我知らず同期が進行、気付けば哀切極まりない愛の物語にすっかり心掴まれている、といった具合だ。筆者がつまみ食いしてきた「粗製濫造ニコラス映画」の中には、容易に他の俳優との替えがききそうな役柄が幾つもあったが、本作を観た後では、ニコラス・ケイジ以外の顔を持つロブ・フェルドというのはちょっと想像が難しい。観客を「期待してたんと違う」ゾーンへと導いておきながら、その上で新鮮かつ確かな充実感を与えてみせる……ジャンルは全く異なるものの、S・クレイグ・ザラーの『トマホーク ガンマンvs食人族』(15年)や、トレイ・エドワード・シュルツ監督作『イット・カムズ・アット・ナイト』(17年)にも通ずる独特の才覚が感じられる。
監督は、本作が長編デビューとなるマイケル・サルノスキ。少ない予算と3週間程度の撮影スケジュール、調教不足のブタをやり繰りしながら撮り上げた処女作において、いきなりブッチャケ披露してみせた個性と手腕を買われ、SFホラー『クワイエット・プレイス』シリーズ(18年~)のスピンオフ“A Quiet Place: Day One”の監督を任された期待の新人だ。筆者は以前『クワイエット・プレイス』評にて、「安易な続編で作品世界を広げてみても、それは蛇足にしかならないのではないか?」と書いたことがある。第2作『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』(21年)の出現で、この予想は早々と大ハズレしたわけだが、ここにサルノスキ監督のセンスが加わるとなれば、またも凡庸な番外編では終わりそうにない。何だか己の予測能力のお粗末具合が、どんどん露呈していくような……ゴメンナサイ。もう余計なことは言わず、黙ってリリースを待つ所存です。