2019年
監督:三木康一郎
出演:佐久間由衣、村上虹郎、大後寿々花、小関裕太、岩井拳士朗、栁俊太郎、戸塚純貴、前川泰之、渡辺真起子、光石研、森山未來
公式サイト:http://kakurebitch.jp/
ポップでコミカルな依存症克服物語
26歳の独身女・荒井ひろみの趣味&特技は、異性にモテること。相手の好みに合わせたメイクや会話術、スキンシップで“その気”にさせ、「好きです」の一言を引き出したら即フェイドアウト。シェアハウス仲間から「最低の“隠れビッチ”ね」と呆れられても、ゲーム感覚でモテの数を稼ぐことを止めようとはしない。そんなひろみの前に現れたのは、自然体のモテ男・安藤。デートを重ねるうち、安藤に心を惹かれていくひろみだったが、本気の恋はある日あっけなく破局を迎えた。公園で独りヤケ酒をあおり、酔いつぶれるひろみ……そこへ同じ職場で働くサエない男・三沢が通りすがる。醜態晒しのついでに、自分が“隠れビッチ”だということを三沢に打ち明けたひろみは、それまで封印してきた自分の過去と徐々に向き合い始めるのだが……。
イラストレーターで漫画家のあらいぴろよが、実体験をベースに描いた恋愛コミックエッセイ『“隠れビッチ”やってました。』(光文社刊)の実写化作品。主人公・荒井ひろみ役は、今回が長編映画初主演となる佐久間由衣。『リベンジgirl』(17年)、『旅猫リポート』(18年)の三木康一郎が監督を務めている。
「3年間で振った男の数、600人」……にわかには信じがたい話である(原作者によれば「声をかけられただけのケースも含めて600人。デートまでいったのは200人ほど」とのことだが、イヤイヤそれにしたって物凄い数字だ)。相手の好みに応じて巧妙な擬態を繰り返し、童貞からプレイボーイまで幅広くワシワシ食いまくる。食う、といっても、“隠れビッチ”のひろみが欲しているのはセックスではない。彼女にとっては、まんまと自分の術中に陥った異性から向けられる好意、ムラムラ、愛の告白こそが心のスキマを埋めてくれる最高級の御馳走であり、“落ちた”後の男なんてのは旨味を搾り取った出し殻同然の存在、ゆえに躊躇なくポイして次の狩りに精を出す。「付き合い始める前の駆け引きが一番燃える」という人は大勢いるだろうが、ここまでくると最早立派なジャンキーだ。本作には「手と手が触れあってドキッ」とか、「夕焼けをバックに抱き合う男女」みたいな恋愛映画のクリシェが大量投入されているものの、俯瞰してみれば、非常に厄介な疾病を抱えてしまった人物の闘病譚、依存症克服物語としての色合いも強い。
実際、ひろみの人格形成に重大な影響を及ぼした「ある出来事」が描かれる回想シーンなどは、マゼンタ&ホットピンクの鮮色キービジュアルとは真逆の暗澹たる雰囲気に包まれており、彼女が自らのエキセントリックな気質と“血”の繋がりを自覚・戦慄する場面は、「仇敵と思いきや実は姿見だった」みたいな後味の悪さで、なんとも遣る瀬無い気分にさせられる(このシーン、登場する俳優が光石研であるため、青山真治監督作『共食い』(13年)に似た香りがほんのり漂う)。ひろみのシェアハウス仲間で、惚れた男にホイホイ体を許してしまう“ヤリマン”彩のエピソードも、描写のあっさり加減とは裏腹に妙に気まずい。何かにどうしようもなく依存している人々の心模様を、(全て狙い通りに成功しているとは言えないまでも)基本コミカルな作品の中でちゃんと描いてやろうという意気が感じ取れるのだ。そこへ行くと、エンドクレジット後のオマケ映像で新たな波乱の可能性を匂わせた点にも好感が持てる。「人間、そう簡単には変われない」……依存症からの完全脱却がいかに困難であるかは、あまねく知られている通りだ。
主演の佐久間由衣は、まかり間違えば反感買いっぱなしで終わりかねないキャラクターを「共感可能な領域」に繋ぎとめるべく、持ち前の魅力を精一杯振り撒いているし、監督からのラブコールに応えて三沢役を引き受けた森山未來は、下手な役者なら寒イボ必至の台詞も難なくモノにする演技力で存在感を示している。原作の精髄を、丸っこく可愛らしい絵というオブラート無しで表現しようとした作り手の度胸は大いに評価したいところだ……とはいえ然りとて何てったって、本作のヒロインは3年間で600人を振った経歴の持ち主。一度帳簿についた赤点の挽回がたいそう難しいこの御時世に、“隠れビッチ”ひろみの生き様が観客からどんな反応を引き出すか、なかなかに興味深い。
映画『“隠れビッチ”やってました。』は、
12月6日(金)より全国ロードショー