大企業を隠れ蓑に暗躍する黒幕の正体とは……?
クリスチャン・ウルフは、田舎町の小さな会計事務所に勤める会計士。だが彼には、闇社会に潜んで犯罪組織の資金洗浄を受け持つ「もう一つの顔」があった。ある時、大手ロボット開発会社の監査を依頼されたウルフは莫大な使途不明金の存在に気付くが、上層部からの圧力で調査は打ち切りに。やがて関係者の不審死が相次ぐようになり、ウルフの周囲にも、彼の口封じを狙う暗殺者の影がちらつき始める。次々に襲いかかってくる刺客たちを、しかし圧倒的な戦闘スキルで返り討ちにしていくウルフ。彼は一体何者なのか、そして大企業を隠れ蓑に暗躍する黒幕の正体とは……?
『ゴーン・ガール』(14年)におけるボンクラ亭主役が絶賛され、DCシネマティック・ユニバースではバットマン=ブルース・ウェインに配役されたベン・アフレックが、『ウォーリアー』(11年)のギャヴィン・オコナー監督と組んだサスペンス・アクション。近年では監督としても高い評価を受けているアフレック、今となっては、ジェニファー・ロペスとの誰得ゴシップで芸能ニュースを賑わせていたのも笑える思い出である。盟友マット・デイモンは『ジェイソン・ボーン』シリーズ(02年~)でキャリアを一変させるアクション・ヒーロー役を射止めたが、本作の主人公クリスチャン・ウルフも、記憶喪失の元CIA工作員に負けないほどユニークで魅力的なキャラクターとなっている。
これを言わねば始まらないので書いてしまうと、実はウルフは高機能自閉症。社交性に難があり、言葉のあやを捉えたり、場の雰囲気を読んだりすることが大の苦手である。一方でパズルや数字には滅法強く、常人なら脳がポタージュになってしまうような複雑な金の流れもあっという間に解き明かす。加えて近接格闘術や銃器の扱いにも長けており、たかが会計士とナメきってかかってくる敵を一分一厘のムダも無く瞬殺。これで超適切な節税アドバイスまでしてくれるのだから、頼もしいこと山の如し。こんな人が身近にいたなら、是非ともSNSの友達リストに加えたい。
物語が始まって間もなく分かることだが、傍目には「普通に」流れているように見えるウルフの日常は、彼が己に課した血の滲むような鍛錬と、その反復によって辛うじて成立しているものだ。軍人だった父親に「飴よりもムチ」のスパルタ教育を受けた彼は、パニック発作が起こりそうになれば伝承童謡を口ずさんで衝動を抑え、強い光や大きな音の中に敢えて身を置くことで過敏な感覚の許容範囲を広げようとする。仕事を終えて帰宅すると、ストロボ・ライトが明滅する室内でザ・ケミスツの“Stompbox”を爆音再生しながら、麺棒みたいなスティックで脛をゴーリゴリ……いくらなんでも漫画チック過ぎるって?そうかもしれない。しかし、不得手を努力と工夫でカバーしようとする描写の積み重ねが、このスーパーマンのような(いや、バットマンか)男に奇妙な実在感を与えているのもまた事実である。当然ながら、脚本執筆や役作りの段階では、自閉スペクトラム症に関する綿密なリサーチが行われたのだとか。娯楽映画としてのフォームを崩さぬよう思い切ったアレンジが施されてはいるものの、地道な下調べはちゃんと良い効果を生み出しているのだ。ドンパチ&格闘満載のアクション映画と割り切ったうえで観てみても十分楽しめるが、実際に高機能自閉症の子どもを育てている親御さんのブログや学術書などを前もって読んでおけば、ウルフの言動や、一見何気なく配置されている小道具に込められた意味などを、より深く理解することができるかもしれない。
最後に、劇中で精神科医が口にした台詞をザックリと引用しておこう。「(自閉症の子どもたちの)可能性は未知数です。でも私たちが期待することを止めたら、そこで道は閉ざされてしまう。もしかしたら彼らは、自らの能力を発揮する方法を知らないだけかも。あるいは……我々が聞く力を持っていないのかも」……人生の色々な場面で応用が利きそうな、心に留め置くべき至言ではあるまいか。
監督:ギャヴィン・オコナー
出演:ベン・アフレック、アナ・ケンドリック