2022年
監督:草苅勲
出演:奥野瑛太、唐田えりか、楽駆、田村健太郎、岩瀬亮、烏丸せつこ、きたろう
公式サイト:https://shitainohito.com/
死に続けながら探す“生”の意味
吉田広志は俳優だが、舞い込んでくる仕事は死体の役ばかり。リアルな“死”へのコダワリが過ぎて、撮影現場で面倒がられることもたまにある。ある日、気散じにデリヘル店へ電話をかけた広志は、そこで派遣されてきたヘルス嬢の加奈と出会う。客の前では明るく振る舞う加奈もまた、プライベートで大きな問題を抱えていた。自分と同じ不器用な人間との交流、離れて暮らす両親との触れ合いを経て、停滞していた〈死体の人〉の人生が静かに動き出す……。
オフィスクレッシェンド主催の映像コンテスト「未完成映画予告編大賞 MI-CAN3.5 復活祭」において、グランプリに輝いた作品を長編映画化。『ひなたぼっこ』(18年)、『吉川の通夜』(21年)等の短編で数多くの映画賞を受賞してきた草苅勲が監督を務める。出演は、『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(12年)、『ラーゲリより愛を込めて』(22年)の奥野瑛太、『の方へ、流れる』(22年)が記憶に新しい唐田えりかなど。
映画・ドラマにおける死体役。モノによっては観客に強烈なインパクトを与えることもあるが、長台詞やダイナミックなモーションを割り当てられたキャラと比較すると、確かに地味な存在である。「ただ寝転がって動かなければいいんだからラクでしょ」と、漬物石も同然のショッパい役回り程度に捉えている向きもあるかもしれない。しかし、やってみるとコレが結構大変。たとえ特殊メイクでいかにもなガワを拵えても、閉じた瞼の奥で眼球が動き、頸動脈はピクピク。世に出回る映像作品を観ていて、そんな「死にきれていない死体」に遭遇した経験を持つ人も多いはずである。実際には生命活動継続中のボディを、魂の抜けた物体(body)に見せかけようというのだから、難しくて当然だ。もしもヨリ画の長回しで観客の目を欺けるほどの“死体”になれたなら、それはもう掛け値なしに立派な技芸と言えよう。
本作に登場する〈死体の人〉こと広志も、その技芸を極めようと、地道な努力を日々続けている。関連書籍を収集し、食事中でも入浴中でも“絶命”の自主トレに励み、生白い顔色を維持するために日焼け止めクリーム常用。「(水死体の)フレームインをコンマ2秒早く」なんて微妙な注文にも対応してみせ、その甲斐あってかスケジュール帳は死に役の予約でいっぱいである。ただ、多くの現場で広志に要求されるのは「何もせずに死んでいること」であり、そこに死体役としての矜持を示す余地は殆ど無い。テイクにOKが出てもお褒めの言葉を貰えるわけでもなし、たまに自分なりのメソッドを押し出してみれば、要らんことするなとアッサリ切り捨てられる始末。こうなると、演者のプライドを保って仕事に臨むのは難しいもので、〈死体の人〉広志のモチベーションからも微かな腐敗臭が漂い始める。
劣等感と若干のイカ臭さに濁りかけた広志の生活空間。そこに現れるのが、有名大学女子大生を自称するデリヘル嬢・加奈だ。彼女は広志を言葉巧みに有料オプションの天丼コースへと誘うだけでなく(それにしても、唐田えりかの口から飛び出す「即尺」、「パンスト破り」などのワードはなかなかに強い)、緩やかに腐りつつあった〈死体の人〉の心に新鮮な風を呼び込む。折しも実家では、平穏だった両親の暮らしに異変の兆候あり。加奈との接触をきっかけに発覚した、医者も首を傾げる珍事などが重なり、広志は自分らしく生きることの意味を強く意識し始める。一方の加奈はといえば、こちらもバンドマンくずれのヒモ彼氏を相手取った人生すごろく大一番の真っ只中。死体役者と嬢、生き下手な日陰者2人がそれぞれに(時には協力して)再生を図る模様が、コミカルなタッチで描かれるのが気持ち良い。
主演の奥野瑛太はもともと目鼻立ちがかなり特徴的で、そこを活かした役ともなれば一瞬の登場でも相当な存在感をアピールできる俳優さんだが、今回は路傍の石のような没個性キャラに扮し、これが意外に意外な適合ぶり。加奈役・唐田えりかも、『の方へ、流れる』での腹の内を見せないミステリアスな演技から打って変わって、不安に惑い揺れ、やがて強い意志でもって新たな人生を切り拓こうとする女性を好演している。
今日も今日とて、世界各国で映像作品の撮影が進行中。アッパレ見事な屍になりきるべく、横たわり、吊られ、浮かんでいる〈死体の人〉はどれだけいるのだろう。単独ショットで大写しにされようと、死屍累々たる引き画のうちの一体であろうと、必要とされるから死体はそこにある。キャメラ前で入魂のお芝居を見せるメインキャスト陣の向こう側、ピントからも外れた地点で辛抱強くジッとしている人たち。その各々が抱えるドラマについてあれこれ想像を膨らませてみるのも、案外愉しい寄り道だ。
【映画『死体の人』は2023年3月17日(金)より、
渋谷シネクイント他にて全国順次公開】
※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症流行の影響により、公開日・上映スケジュールが変更となる場合がございます。上映の詳細につきましては、各劇場のホームページ等にてご確認ください。