(2012年 監:ベン・ザイトリン 出:クァヴェンジャネ・ウォレス、ドワイト・ヘンリー)
たくましき哉、少女!
観始めてまず最初に戸惑うのは、時代・舞台設定がいつで何処なのか、イマイチ掴めないという点だ。登場人物たちが作り上げている共同体は、文明崩壊後の人類の姿にも見えるし、ジャック・ケッチャムの『オフシーズン』に登場するおっかない野生人間のようでもある。「オーロックス」なる、角の生えた巨豚のような怪物が現れるに及んで、これはひょっとしてファンタジー映画なのかという考えも頭をよぎるのだが、嵐によって壊滅的な被害を受けたバスタブ島の状況などは、日頃ニュースで見るハリケーン被害の惨状と同じくリアルに映る。やがてこの物語は、主人公の少女・ハッシュパピーの心象風景と現実が綯い交ぜになった世界であるらしいと気付くのだが、この風変わりな導入がまず見事だ。多くの作品が「これはこういう世界のお話ですよ」と懇切丁寧に説明しようとするのに対し、「一体どんな舞台設定なのだろう?」と疑問を抱かせることで、観る者が能動的に物語世界へ没入しようとするのである。
ハッシュパピーとその父・ウィンクの生活様式も、そのワイルドさ故にかなりギョッとさせられる。娘がべそをかくと「泣くな!」と一喝するリュック。カニをチマチマ食べるパピーを見て「全然なってねえ!かぶりつけ、こんなふうにな!」と実演してみせる。癇癪を起こしたパピーが暴れた時には「そう来たか!よし分かった、オレも暴れる!ウォー!!」と物を掴んでは投げ、掴んでは投げる(←別に不仲ってことじゃないです。あくまで攻撃的親子コミュニケーションです。筆者は鑑賞中、アニマル浜口と浜口京子選手を連想しました)。実はリュックは病を抱えており、その余命はわずか。独り残されることになるであろうハッシュパピーのため、サバイバルの心得とタフネスを伝授していたのだ(闘魂注入とも言う)。
そんなパンチの効いた父と対峙するハッシュパピーも、その小さな体躯からは想像もつかないような強さをみせる。特に印象的なのは、ここぞという場面で年端もいかぬ子供とは思えない煌めきを放つ鋭い目だ。演じるQ・ウォレスは長編映画初出演にして、史上最年少でアカデミー主演女優賞にノミネートされることとなったが、その結果も納得の存在感。「破壊」や「死」といった災厄の象徴であるオーロックスの群れに怯むことなく対峙する凛々しい姿には、もはや年齢などすっ飛ばして姐御の風格すら漂っている。
物語の最後で映し出されるのは、我々の多くが人生で経験することになる「永遠の別れ」とどう向き合うのか、という問題のメタファーである。いつの日かその瞬間を迎えた時、この映画の登場人物のような美しい涙を流せますように……そう願ってやまない。