アニメ

『イリュージョニスト』レビュー

2010年
監督:シルヴァン・ショメ
声:ジャン=クロード・ドンダ、エイリー・ランキン

魔法の終わり、魔法の始まり

1950年代。ヨーロッパ各地を渡り歩いていた老奇術師のタチシェフは、あるときスコットランドの離島の酒場で興行を打つ。ようやく電気が引かれ始めたばかりの田舎町では、タチシェフの時代遅れの手品も好評をもって迎えられ、興行は大成功。仕事を終えて島を後にするタチシェフだったが、帰りの船上には、酒場で働いていた少女、アリスの姿があった。なんと彼女は、タチシェフのことを本物の魔法使いだと信じ、島を抜け出して追いかけてきたのだ。タチシェフは思わぬ展開に驚きながらもアリスを受け入れ、次に向かったエディンバラの安宿で同居生活を始める。暮らしを維持し、少女の夢を壊すまいと、手品興行の傍らバイトにも励むタチシェフ。しかし、時が流れ、アリスが都会での暮らしに馴染んでいく中で、2人を包む“魔法”にも終わりの瞬間が近づきつつあった……。
 
著名な喜劇俳優であり、また映画監督でもあったジャック・タチの遺稿をもとに、『ベルヴィル・ランデブー』(03年)、『ぼくを探しに』(13年)のシルヴァン・ショメが監督した長編アニメーション作品。「緻密かつ誇張を効かせた作画スタイル」、「台詞に頼らず画でみせる」等のショメ・イズムは、他人のシナリオを脚色した本作でも遺憾なく発揮されている。

“イリュージョニスト(奇術師)”というタイトルだけ聞くと、何となく妖しげで仰々しい内容を予想する向きもあろうが、ここでの奇術師は時代の潮流に乗り損ね、すっかり尾羽打ち枯らした孤独な老人である。いや、古き良き時代の栄華の残り香さえ感じさせないタチシェフの佇まいから想像するに、そもそもキャリア絶頂期なんてものとは無縁の人生を送ってきた御仁かもしれない。名前や顔つき、動作が酷似していても、ミュージックホールの舞台から映画の世界へ華麗なる転身を遂げたジャック・タチとアニメのタチシェフとでは、境遇にかなりの落差がある。超ド級大作『プレイタイム』(67年)で興行的惨敗を喫した後は、タチ自身も長らく苦しい時期を過ごすことになるが、本作で描かれる不遇はもっと小規模かつ卑近なものであり、誰の身のそばにでも転がっていそうな普遍的ドン詰まり感が強い。

熟練の技だけでなく、自己PRスキルや要領の良さ、流行り廃りを嗅ぎ分ける鼻の鋭さも必要とされるショービズ界。技一本で生計を立てるのは容易なことではなく、脚光を浴びるスターの後ろでは、星の数ほどの日陰芸人たちが食うや食わずの厳しい生活を余儀なくされている。ある者は夢に見切りをつけてひっそりと廃業し、またある者は、未来に希望を見いだせないまま酒に溺れる……『イリュージョニスト』でも、そういった物悲しい光景が淡々と描写されていくが(道化師が心無い連中に足蹴にされるという、トッド・フィリップス監督の『ジョーカー』〈19年〉そっくりなシチュエーションまである)、静かに流れゆくストーリーで現実味を維持しつつも、ショメ独特のアニメタッチのおかげで、観客が目を背けてしまうほどの刺々しい悲愴感はない。これが下手な実写映画であれば、あまりの侘しさ、生々しさに辟易させられていたかもしれず、そういう意味ではアニメーションという表現形態こそ、この物語に打ってつけの糖衣だったといえる。

とはいえ、現実同様に「稼がねば食えない」という世知辛い決まり事が横たわる劇中世界。そこに唯一、リアルから遊離したイノセントな存在として置かれるのが、ヒロインのアリスである。ルイス・キャロル作品の主人公よろしく不思議の国へと迷い込んできたこの少女は、素朴で無邪気な性質ゆえに老奇術師を振り回すことになるのだが(勿論、身寄りのない隣人にスープのお裾分けをする思いやりも持ち合わせているあたり、決して悪人というわけではない)、ワケありのタチシェフは可能な限りアリスの要求に応え、少女の幻想を壊すまいと精一杯努力する。ロートルのタチシェフにはシンドい骨折りだし、彼自身、この状態をずっと保持できるとは思っていないだろう。しかし、ひとつの魔法の効力が失われたとき、次なる魔法に夢を繋ぐことは可能ではないか?やがて、純朴な田舎娘から都会の女性に変身したアリスは、新たな魔法の萌芽を自らの手で探り当てる。そして、自分の役目の終わりを悟った奇術師もまた、生涯最長にして最高のステージからそっと退場していくのである。タチシェフがアリスにあてて書いた置き手紙は、彼の魔法の千秋楽を示すと同時に、アリスの“ショー”の幕開きを知らせる合図でもあったのだ。ラストシーンに終焉の寂しさのみを見るか、あるいは受け継がれた“何か”の気配を感じ取るか……どちらに転がるかで『イリュージョニスト』という作品に対する評価は大きく変わってくるはずである。

筆者自身、日本初公開時に本作を鑑賞した際には、これといって感じ入るポイントも見出せないまま「悪い映画じゃないな」程度に受けとめていたものだが、今夏の『ベルヴィル・ランデブー』リバイバル上映に先だって観返してみたところ、初見時の薄ボンヤリした印象は何だったのかと思うほどに、いともすんなりと作品世界へ没入することができた。周回遅れで漸う人並みの感受性を獲得したか、以前よりも“引退”や“死”といった事象に我が身が近づきつつあるせいなのか。いずれにせよ、体力・記憶力が減退していく中でも時折こういう再発見ができるのなら、歳をとるのも満更悪いことばかりではなさそうだ。

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