アニメ

戦争で奪われる日常を追体験させられるような映画「この世界の片隅に」レビュー

(2016年 監:片渕須直 声:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔)

それでも、生きていく

あらすじ

第二次大戦下の日本。絵が得意な少女・すずは、広島市の江波から呉市に住む北條周作のもとへと嫁ぐ。食べるものや着るもの、全てに事欠く厳しい生活の中でも、工夫と持ち前の前向き志向で懸命に生き抜こうとするすず。しかし、軍港を有する呉への空襲は激化の一途をたどり、すずの大切なもの、かけがえのない存在を容赦なく破壊していく。そして、江波から見舞いにやってきた妹のすみと別れて幾日かが経った夏の日の朝、突然の閃光と轟音に空を見上げたすずは、広島市方面から立ち上った巨大なキノコ雲を目撃する……。

レビュー

『夕凪の街 桜の国』で知られる漫画家・こうの史代の同名コミック(双葉社刊)を原作に、テレビ&OVA版『BLACK LAGOON』等の片渕須直監督が製作した長編アニメーション映画。クラウドファンディングで製作資金を募り、時代考証やミリタリー描写のリサーチに6年もの歳月を費やして完成に漕ぎ着けた、まさに渾身の一本である。

映画を観始めてまず気付くのは、ギョッとするほどスピーディーな物語のテンポだ。特に序盤はあれよあれよという間にお話が進行していき、あっという間に主人公の嫁入り完了(上映開始後しばらく経ってから劇場に入るのが常態化している皆さん、大事なトコ観逃してますよ!)。その後もスピード感は維持したまま、決定的瞬間に向けてのカウントダウンは次第に小刻みになっていく。それはまるで、元々ノンビリ屋さんだったすずが体感する新婚生活の忙しなさや、戦争真っ只中の激しい揺れ動きを観客に追体験させるような作りだ。とかく冗漫になりがちな何気ない日常描写も、本作の中では此の上なく貴重で愛おしい宝物に見えてくる。

そして、激動の時代を健気に生きる主人公すずがとにかく可憐しい。幼い頃に一度会っただけの周作と結婚し、慣れない家事に追われながら、絵を描くことをささやかな楽しみにしているおっとり娘。指の先ほどにチビた鉛筆を大事に使ったり、生活必需品を買うために出かけたヤミ市でついつい絵の具をチラ見してしまう場面などは観ていて微笑ましいものがある。ところが、そんな小さな幸せさえもお構いなしに奪っていくのが戦争のリアル。「絵を描く」、ただそれだけの行為が、物理的にも心理的にもどんどん困難になっていくのだ。挙げ句の果てには、すずにとって最大の「武器」だったものが、ある悲劇的な事故によって文字通り吹き飛ばされてしまう……彼女が愛し、心の拠り所としていた者の命までも道連れにして。この映画、即物的な暴力表現は決して多くないのだが、先に述べた日常の描写が見事なため、時おり挟み込まれる非情の瞬間の衝撃もまた尋常ではない。

だが、つらい苦しいと嘆いてみたところで、今そこにある現実は何も変わらない。時を止めることもやり直しもきかない世界ならば、せめて眼前の道を力一杯突き進んでみようではないか。本作のヒロインは周囲の状況に流されやすく、時代を丸ごとひっくり返すようなスーパー・パワーも押しの強さも持っていないが、常人の視界からでしか、否、凡庸な人物だからこそ望み見ることのできる景観だって沢山あるはず。漫画原作をアニメに置き換える際のデザイン変更を最小限に(あるいは極めて納得度の高い改変に)とどめ、こうの史代独特のホンワカしたタッチで描かれる市井の人間模様は、見た目通りの柔らかさと共に、とんでもなく強靭な生命力をも内包している。それを補強するのが、キャスティング発表時には不安の声が多く上がったすず役・のんの熱演だ。話題性ばかりを重視して人気タレントを声優に起用する「悪しき風潮」にはいろいろと文句もあるが、今回は人物イメージと声色がピッタリ合致した成功例と言っていいだろう。

ちなみに公開初日、筆者が足を運んだ劇場は全席ソールドアウト状態。時おり聞こえるなじみの薄い単語や広島弁も何のその、2時間チョイの上映時間を、皆さん大いに楽しんでいる様子だった。スクリーンを立体視できたり、シートが揺れたり、顔に水がかかったり……そんなお節介な装置効果が無くとも、観客が映画に没入し、世界を肌で感じることはできる。上映終了後にどこからともなく沸き起こった拍手こそが、そのことを何よりも雄弁に物語っている気がするのだ。

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