市川拓司のベストセラー小説を韓国で再映像化!
本国大ヒットの話題作を先行レビュー!
雨の季節のおとぎ話
妻のスアが「雨の季節に戻る」という約束を残してこの世を去ってから1年、ウジンは息子のジホを懸命に育てていた。そして梅雨が始まったある夏の日、ウジンとジホの前に、生前と同じ姿のスアが現れる。思いがけない再会に戸惑いつつも喜ぶ父子だったが、スアはウジンが夫であることも、自分がジホの母親であることも覚えていない。そんなスアに、自分たちの馴れ初めや、親子3人で過ごした短くも幸せな時間について語り聞かせるウジン。過去の記憶を辿る日々の中で、ウジンとスアは再び恋に落ちるが、雨の季節の終わり=避けようのない「2度目の別れ」の瞬間は、刻一刻と迫りつつあった……。
竹内結子と中村獅童のダブル主演で映画化され、2004年10月に公開されるや大ヒットを記録した市川拓司のベストセラー小説『いま、会いにゆきます』(略称『いまあい』)。同年5月に封切られた行定勲監督作品『世界の中心で、愛をさけぶ』が爆発的な「セカチュー」ブームを巻き起こす中、その流行にものの見事に乗りはぐれた(いや、一度は乗ったが即座に下車した)筆者は、後発の『いまあい』も同ジャンルのお涙頂戴映画であろうと勝手に決めつけ、劇場公開時には完全無視状態で本編鑑賞を見送った。ところが後年、レンタルソフトで何の気なしにこの映画を観た際には、かつての己の姿勢を猛省することになる。確かに感傷的なラブロマンスだし、「死んだはずの妻が戻ってくる」という大フシギにも合点がいく説明は付与されないのだが、そこが作品の瑕疵として悪目立ちしていないのだ。旬のスターが持つ輝きの為せるワザなのか、松谷卓による劇伴+完璧なタイミングで入るORANGE RANGEの主題歌の力か、はたまた、筆者の生まれ故郷である長野県で撮影された風景への郷愁か……映画をスンナリと受け入れられた理由を自分でもよく理解できぬまま、セルDVDを購入し、ロケ地のひとつである山梨県・明野ひまわり畑にも足を運んだ。周回遅れでまんまと「乗せられた」わけである。当然のことながら、今回のリメイク版はスタッフもキャストも、2004年版『いまあい』とは全く違う。筆者はソ・ジソブやソン・イェジンの熱心なファンではないし、撮影地も音楽も日本版とは別物だ。だが、馴染み深い顔や風景が削ぎ落とされたことで、この物語が元々持っていた「おとぎ話」としての性質が一層明確に見えてくる。冒頭にアニメーションで示される、スアが息子ジホのために作った絵本「雲の国の母ペンギン」は丁寧なルール説明のようなものであり、ファンタジーの世界へと引き込まれた観客が、本作で設定されたフィクションラインを踏み越えてしまわないための誘導ロープとして機能する。ウジンの親友ホングに扮する、愛すべき個性派俳優コ・チャンソクや、キザったらしくも間抜けなスポーツセンターのチェ講師役イ・ジュニョクが劇中で見せる漫画チックなズッコケ演技も、リアリティの水準を必要以上に高めないための策と考えれば納得だ(とはいえ、唐突にペンギンコスチュームで現れるコ・チャンソクは少々やりすぎかと……イ・ジャンフン監督、僕らのアニキに余計な飛び道具は要らんのだよ)。
ありふれた景色にどこか超現実的な色合いを含ませる、という意味では、「雨」もまた重要なファクターである。ここぞという場面でお天気を有効活用した映画など、それこそ星の数ほどあるだろうが、その効能は、「災厄の前兆」、「罪の浄化」、「技術的限界のアラ隠し」……と、作品によってさまざま。数あるキキメのひとつが、観る者に「何か特殊な出来事が起きてもおかしくない」と思わせる心理効果であり、本作ではこれが大いに威力を発揮している。日常の中に突如として現れ、雨によって庇護された、繊細な夢のようなひととき。その魔法は時おり挿入される回想シーンにも波及し、ともすれば鼻白んでしまいそうな甘いエピソードを呑みこみ易くしてくれる。思い返せば、あからさまな「泣かせ」を忌み嫌う筆者がほとんど抵抗を感じることなく観た2004年版にも、同様のマジックが確かに息づいていた(終盤で生じる物語の円環構造、その切なさ・美しさは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF映画『メッセージ』(16年)にも通ずるセンス・オブ・ワンダーを含み持つ)。日本版と韓国版、連続鑑賞で細部を見比べてみたなら、新鮮な再発見がいくつも得られるのかもしれない。
……と、ここで合点ついでに余談をひとつ。長らく抱えていたモヤモヤを晴らし、概ねすっきりした気分で映画を観ることができた筆者だが、本筋とは全然関係のないポイントで思いがけずギョッとさせられた。梅雨の終わりが迫る中、スアを失いたくないウジンが一生懸命こしらえた「あるモノ」を見て、スティーヴン・キング原作のホラー映画『ペット・セメタリー』(89年)に登場する不気味なモニュメントを想起してしまったのである(偶然ながら、こちらもリメイク版が公開待機中)。ビデオ店では当然のごとく別棚扱いされている『いまあい』と『ペット~』だが、物語の深部にある「愛するがゆえに○○」というテーマにはハッキリとした共通点が感じられる。悲しみを乗り越え、新たな人生への一歩を踏み出した男と、禁忌を犯し、全てを失った男。2作品の正反対の結末にやるせなさを覚えた筆者、生涯幾度となく経験するであろう「大きな喪失感」に打ち勝つ強さを、今のうちから培っておかねば……などと、珍しく真面目なことを考えたのでありました。