女優はコワい
多忙なセレブリティのため、服やアクセサリーの購入を代行する“パーソナル・ショッパー”としてパリで働くモウリーン。3ヵ月前に双子の兄を亡くした彼女は、未だ深い悲しみから立ち直れずにいた。そんなある日、モウリーンの携帯電話に、送り主不明の奇妙なメッセージが届く。自分の仕事や居場所を知っているばかりか、心の奥深くに秘めた欲求まで暴き出していく謎の発信者。メッセージに刺激され、誘惑に負けたモウリーンが「小さな禁」を犯した時、彼女の人生を一変させるような重大事件が発生する……。
「この話、一体どこへ向かうのだろう?」……上映開始から10分そこそこで、そんな考えが頭をよぎる。そして疑問符は消えるどころか、鑑賞中の脳内で幾度となくリフレイン。どうにも落ち着かない心地のまま、気付けば客電が点灯、モヤモヤの便秘顔で試写室退出と相成った。2016年のカンヌ国際映画祭において、本作の評価が真っ二つに割れたというのも頷ける。思うに、「否」に傾いたという観客たちの反応の多くは、激烈な拒絶というよりもむしろ、筆者が感じたような「戸惑い」に起因するものだったのではないだろうか(結果的には、オリヴィエ・アサイヤス監督は本作でカンヌ映画祭監督賞を受賞)。
確かに、色々な意味でお客泣かせの紹介者泣かせな映画ではある。劇中で起こる不可解な現象には最後まで論理的説明がつかないものも多く、心身共に不安定な主人公モウリーンの視点で映し出される事象は、コチラもどこまで信じてよいものかイマイチ判然としない(推理小説なんかで使われる「信用ならない語り手」という叙述トリックがあるが、本作でもそれに近い手法を用いた場面があちこちに存在する)。この映画、パラノイアックな心理サスペンスであるのと同時に、実は幽霊やポルターガイスト現象がワリとはっきり描かれるゴースト・ストーリーでもあるのだが、そのことを示す情報はポスター・アートや予告編(特に日本版)にはほとんど載せられていない。受け手の混乱を避けるための配慮、あるいは「オバケ映画」という括りでとらえて欲しくないという配給側の意図があったのかもしれないが、何も知らずに行った先でいきなり幽霊に遭遇するというのも、コレなかなかのビックリ体験であろう。
そんな、ひとつ間違えばゴッタ煮悪趣味映画に転じかねない諸々要素を華奢な双肩に担い、妖しくスタイリッシュなミステリー作品へと昇華させてみせたのは、人気女優クリステン・スチュワート。やや猫背気味の姿勢、人生を諦観したような暗い眼差し、何かを探したり選んだりするときにフラフラと宙を彷徨う指先の動きなど、そこはかとなく漂うダウナーな雰囲気が、アサイヤス監督の不穏な世界観にピタリと嵌っている(ついでに言うなら脱ぎっぷりも最高)。スチュワートを見ていてふと思い出したのが、アンジェイ・ズラウスキー監督の怪作『ポゼッション』(81年)でカンヌ映画祭女優賞を獲得したイザベル・アジャーニの狂気演技。両者の芝居のスタイルはかなり異なるが、己の欲動によって生み出された怪物と交合する人妻アンナ=アジャーニが見せた表情には、「イケナイアソビ」に愉悦するモウリーンのそれと同様、強烈な色香があった。それにしても、『パニック・ルーム』(02年)の頃はまだ男の子みたいだったK・スチュワートと、万年美女I・アジャーニの性フェロモン度数を比較する日がやってこようとは!成長する美に不変の美……女優ってやつは、つくづくコワい生き物である。
監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:クリステン・スチュワート、ラース・アイディンガー、シグリッド・ブアジズ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、タイ・オルウィン