SF

映画「パンズ・ラビリンス」森の奥にある迷宮へと導かれた彼女は、そこで牧神パンと出会い…

迷宮の先に

内戦後のスペイン。戦いに勝利した新ファランヘ党による人民戦線派の残党狩りが続く中、戦争で父を亡くした少女オフェリアは、母親の再婚相手である独裁政権軍大尉のヴィダルに引き取られる。新しい生活にも高圧的な継父にも馴染めぬまま、いつしか空想の世界に救いを求め、現実から逃避するようになるオフェリア。ある夜、枕元に現れた妖精によって森の奥にある迷宮へと導かれた彼女は、そこで牧神パンと遭遇。パンはオフェリアを「地底王国の姫君」と呼び、王国へ戻るために果たさねばならない3つの試練を課した……。

現実逃避という行為には、なにかと負のイメージが付随することが多い。イヤな上司をコテンパンにする妄想は虚しく、御馳走をたらふく食べる夢は水腹を更に重くする。「アホみたいなこと考えてるヒマがあったら、リアルと向き合いなさい!」ってやつだ。しかし、現実世界で味わう肉体的・精神的苦痛が許容範囲を超えてしまった時、何らかの防衛策を講じなければ、人の心など一足飛びに「基地の外」へと躍り出てしまうだろう。本作で描かれるのは、非力な少女が苛酷なリアルを生き抜くために選択したルート巡り、いわば「建設的現実逃避」である。

ギレルモ・デル・トロ監督が手掛けた作品の多くで、幽霊や怪獣と同等に、あるいはそれら以上に厄介な悪モノとして扱われるのが人間だ。『クロノス』(92年)に登場する、不死の妄執にとりつかれた富豪グァルディア。孤児院の隠し金欲しさに殺人を犯す『デビルズ・バックボーン』(01年)のハチント。ゴシック・ホラー『クリムゾン・ピーク』(15年)では、没落貴族姉弟がお家再興のために死体の山を築き、原作・製作総指揮を担当したTVシリーズ『ストレイン 沈黙のエクリプス』(14年~)でも、悪疫大流行と吸血鬼勢力台頭の背後には権力者エルドリッチ・パーマーの策動があった。『パンズ・ラビリンス』のヴィダル大尉も、映画界の悪役王座決定戦があればシード権獲得はほぼ確実な逸材。エグい拷問や大量殺戮を平気の平左でやってのけ、妻のこともせいぜい「跡継ぎ製造機」程度にしか考えていない。ただでさえイッパイイッパイな状況で、こんな男をトトサマと呼ばねばならなくなったオフェリアの苦衷、察するに余り有る。ギリギリまで追いつめられた少女には、幼くも自由な想像力を膨らませて構築した幻想世界に逃げ込む道しか残されていなかった。難度は高いがクリア可能なミッション、そして明確なゴール設定……チョンボ挽回のためのマル秘アイテムまで用意されているあたり、パンがオフェリアに課した試練には、やり直しがきくRPGにも似た一種の「気楽さ」がある。泥や地虫にまみれ、人食いの化け物に追いかけられたりもするが、対抗手段が無い現実世界の地獄に比べれば、はるかにイージーだろう。

ところが、迷宮を彷徨いながら遂に迎えた最終局面、オフェリアはパンが提示したクリア条件をキッパリと拒絶する(ここでもし、彼女が牧神に言われるまま行動していたら、それは物語にどんな結末をもたらしていただろうか?考えてみるとチョット不気味だ)。空想に溺れ、ただ単に試練の完遂を目指していたなら、絶対にしなかったはずの選択。現実からの逃避を繰り返す中で、オフェリアはちゃんと「成長」を遂げていたのだ。そしてその選択は、本作に対する観客の解釈・賛否を二分した、物悲しくも不思議な温かさを持つラストへと繋がっていく。

公開当時、マイルドなおとぎ話を期待して劇場へ足を運んだ一部の観客が、内容のあまりの暗さに拒否反応を示したそうであるが、油断も勘違いも甚だしい。デル・トロ作品の場合、綺麗な花を咲かせる植物にはまず間違いなく猛毒が含まれ、摘み手を傷つける鋭いトゲがある。ともすれば花の栄養源は、土中に埋もれたグズグズの腐乱死体かもしれないのだ。イマジネーションを駆使した絢爛豪華なヴィジュアルと、おどろおどろしい悪夢的イメージの相乗。その作用があるからこそ、デル・トロ謹製のダーク・ファンタジーはどれも忘れ難く、強烈な求心力を持っているのだと思う。

監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:イヴァナ・バケロ、セルジ・ロペス

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