映画レビュー

映画『ハクソー・リッジ』信念を貫く勇気

メル・ギブソン監督が10年の沈黙を破って放つ戦争巨編『ハクソー・リッジ』を、ほんの少しだけ先行レビュー!

アメリカ・ヴァージニア州に住む青年デズモンド・ドスは、第二次世界大戦が激化していく中で米国陸軍への入隊を志願する。しかし彼は、幼い頃の体験と信仰上の理由から、銃に触れることを頑なに拒否。上官から疎まれ、仲間から虐げられ、命令不服従の咎でついには軍法会議にかけられてしまうが、そこでもドスは自分の信念を曲げようとはしなかった。ようやく主張を認められ、衛生兵となったドスが送り込まれたのは、沖縄・前田高地。その険しさから「ハクソー・リッジ(弓ノコ崖)」と呼ばれる150メートルの断崖絶壁の上には、歴戦の猛者たちの想像をも遥かに超える「地獄の光景」が広がっていた……。

「理想は平和だが、歴史は残酷だ」……デヴィッド・エアー脚本・監督の戦争映画『フューリー』(14年)で、ブラッド・ピットが新兵に言い放つ台詞である。そこにはロサンゼルスの危険地区で少年期を過ごし、アメリカ海軍の潜水艦乗組員だったこともあるエアー監督の史観が反映されているように感じるし、ひとたび戦争が始まってしまえば、平時に通用した色々なルールが用を成さなくなってしまうであろうことも想像に難くない。だが、極々稀に、厳しい状況の中で場違いとも思える信念を持ち続け、なお且つそれを貫き通してしまう規格外の人物が出現することがある。「昔、こんな人が本当にいたんだよ」と言われても、到底信じられないほどに規格外な人物が。

第二次大戦中の実話を基に本作を完成させたのは、酒気帯び運転に差別発言、離婚や恋人に対するDV疑惑と、トラブルの連発で各方面から爪弾きにされた問題児メル・ギブソン。監督としても、あの傑作『アポカリプト』(06年)発表後は開店休業状態、気付けば10年の空白期ができてしまっていたが、卓抜した演出センスまでドブに捨てたわけではなかった。一目惚れした美女とキャッキャウフフする主人公、『フルメタル・ジャケット』(87年)の10万倍はお上品な新兵罵倒、井手らっきょ風味の(今のトレンドで言うならアキラ100%か)全裸ギャグと悪趣味かつゴキゲンな刃物ネタが笑いを誘う教練場面……戦闘シーンにタップリと時間を割いた後半パートに比べればいささか穏やかな印象を与える前半部分でも、戦争で心を病んだ父親とその家族の確執を忍ばせ、モーセの十戒のひとつ「汝、殺すなかれ」を底流設定することで、ドスがこれから乗り越えなければならない恐怖と葛藤の大きさを其とはなしに暗示させるあたり、相変わらず抜かりがない。

そして中盤あたりからいよいよ始まる、米軍と日本軍の壮絶な死闘。重機関銃の掃射で手足は千切れ飛び、手榴弾が炸裂すれば、人体は血煙と共にミンチの山と化す。敵兵の呼気を感じ取れるほどの超接近戦でみるみるうちに死体が増え、夜にはネズミが屍肉を齧る音が寝耳に纏わりつく、まさにこの世の地獄。婉曲な暴力描写をよしとしないギブソン監督の作家性(この人の場合「嗜好」と言い換えることも可能)が押し出された強烈なイメージの連続だが、表現が過激であればあるほど、ここでのドスのヒロイックな行動もまた鮮烈さを増す。銃弾の嵐の中を無我夢中で駆けずり回り、神への祈りを呟きながら、視界に入った負傷者を片っ端から救助していくドス。トリアージ(戦争や災害発生時に行われる、傷病の程度に基づいた治療の優先順位決定)で見込み無しと判断された重症兵であろうが、敵対する日本兵であろうが関係ない。彼にとっては、傷を負って呻き声をあげている人間全てが救出対象者なのだ。本作のポスターやチラシに記載されたキャッチコピーは「世界一の臆病者が、英雄になった理由とは——」だが、そもそも「臆病者」という表現はこの男に相応しくない。銃の代わりに救急キットを携えたドスの、勇気を示す方法が他の兵士とは全然違っていた、というだけのこと。本作は1人の衛生兵の姿を通して、信念の力と個人が持つ可能性の大きさを謳い上げた「血みどろの人間讃歌」なのである。

ルパート・グレッグソン=ウィリアムズによる音楽は、時おり勇壮なムードを強調し過ぎている感が否めず(ギブソン監督の過去作で何度もコンビを組んだジェームズ・ホーナーが存命していれば、どんな楽曲を提供してくれただろうか……というのは、今となっては無い物ねだり)、怒りと憎しみに眼をギラつかせてバンザイ突撃を仕掛けてくる日本兵の描き方は、何彼につけ「反日的だ!」と叫びたがる人々の神経を逆撫でする可能性がある。しかし、「1人でも多くの命を救いたい」というドスの行動原理は、政治的信条や人種の違いなど関係なしに尊ばれるべき崇高なものであるはず。2時間チョイの上映の間くらいは、この痩せっぽちの衛生兵に寄り添って戦場を体感し、何が正義か自分ならどうするかと思い巡らすのも、映画鑑賞の醍醐味だと思うのだ。

監督:メル・ギブソン
出演:アンドリュー・ガーフィールド、ヴィンス・ヴォーン

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