アクション

映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』レビュー

厳しい制約がある中で、
創意工夫が見られる斬新なゾンビ映画

[2016年 監:ヨン・サンホ 出:コン・ユ、チョン・ユミ、マ・ドンソク、キム・スアン]

ソウル発・プサン行きの特急列車KTX101号。だが出発の直前、脚に咬傷を負った不審な女が列車に駆け込んだことを知る乗客はいなかった。
発車からしばらく経った時、突如として凶暴化した女は乗務員に噛みつき、攻撃を受けた乗務員もたちまち豹変して周囲の者を襲撃……狂乱の坩堝と化した特急列車内で、謎のウイルス感染は爆発的に拡大していく。娘のスアンを別居した妻のもとへ送り届けるために乗車していたソグは、感染を免れた他の乗客たちと共に安全な駅で下車しようとするが、既にウイルス禍は韓国全土に蔓延。もはやソグと乗客たちには、感染者がひしめく危険な特急列車でプサンへ向かう選択肢しか残されていなかった……。

知恵と工夫で魅せる新感覚ゾンビ映画

ジョージ・A・ロメロ監督が『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 』(68年)でモダン・ゾンビ映画の礎を築いてから約50年。流行り廃りのアップダウンの中で、映画界は数多くのゾンビ・ムービーを世に送り出してきた。内臓デロリン、ドタマ粉砕、人肉咀嚼……といったゾンビ特性絡みの約束事に加え、略奪し放題、エゴイズム剥き出しの人間模様など、反社会的要素はそれこそテンコ盛り状態。無論、そんな「狼藉ぶり」をMPAA(アメリカ映画協会)や映画倫理機構に代表される監視者たちが黙って見過ごすハズはなく、ある作品は審査員のイチャモンじみた裁定で牙を抜かれ、またある作品は製作サイドの行き過ぎたレイティング対策によって、シナリオ段階で改悪・滅菌処理を施されてしまう。まこと、生者でも死者でも渡世の苦労は同じ、といったところだが、厳しい制約があるからこそ、知恵と工夫で弱点を克服した斬新なゾンビ映画が誕生することがある。『新感染 ファイナル・エクスプレス』は、まさにそんな変化球がドンピシャでストライク・ゾーンに突き刺さった好例のひとつだ。

本作に登場するゾンビ(「感染者」と表現するのが正しいのかもしれないが、ここでは「ゾンビ」呼称を採用)は、『ドーン・オブ・ザ・デッド』(04年)や『28日後…』(02年)&『28週後…』(07年)、『ワールド・ウォーZ』(13年)などと同系統の全力疾走タイプ。人間を卒業するや否や、脱臼骨折お構いなしに猛ダッシュで襲いかかってくる最凶アスリート集団である。街なかでの遭遇も御免被りたいのに、主人公たちがいる場所は高速走行する密室=列車の内部。A地点からC地点に到達するためには、B地点の通過が絶対条件となる「1本の管」の中を、ときに腕力、ときにトンチでゾンビと戦いながら進んでいく、という設定がまず秀逸だ。物語中盤でようやく安全区画を確保、と思った直後に最悪のシャッフル・イベントをブチ込んでくるあたりも、ノンストップ・ホラーの称号に相応しいサービスぶりである。特に効果的なのが、車両の仕切り扉や窓、駅構内にある開き戸を利用した「ガラス1枚隔てた地獄絵図」の表現。透明な壁に群れを成して張りついた血塗れのゾンビたちは、アクアリウムの表面をのたくり進む不気味な水棲生物のようでもあり、端的に言って相当キモい……にもかかわらず、日本での『新感染』のレイティングは、全ての年齢層が鑑賞可能な“G指定”!これは直接的なゴア描写に頼ることなく恐怖を演出してみせた製作陣の快挙と言っていい。

ゾンビの群れに追われる乗客たちのドラマも、韓国映画らしいパンチがきいたコッテリ仕様。ただのゴロツキかと思われた人物が予想を裏切る大活躍をみせ、死亡フラグ保持者が目まぐるしく入れ替わり、いかにも悪そうな顔つきをした野郎は最終局面でド畜生の本性をあらわす。リアルとケレンの塩梅が絶妙で、ゾンビ映画における「生存者たちのスッタモンダ」が大好物、という向きには堪らないものがあるだろう。人気俳優コン・ユが演じる主人公ソグなど、序盤ではヒロイックな活躍の場をほとんど与えられないどころか、けっこう鼻持ちならない人物として描かれているのだが、焦らしパートがたっぷりと長いぶん、彼がついに侠気を発揮する瞬間の爆発力はデカい。家庭を崩壊させたワーカホリック親父が、如何にして娘の「ヒーロー」へと変貌を遂げるのか、そのへんも本作の大きな見所となっている。

昨年7月、リビングデッド界の名誉会長的存在だったジョージ・A・ロメロがこの世を去り、ゾンビ映画史もまた一つの区切りを迎えた。生前、爆走タイプのゾンビが登場する映画に対してやや困惑気味に意見することもあったロメロ監督(但し、ロメロ作品の舞台裏を追った記録映画『ドキュメント・オブ・ザ・デッド/2012年 最終版』には、ダッシュ系ゾンビ映画について好意的な感想を述べる御大の姿も収録されている)。だが、自作にも反則スレスレの新設定を次々と盛り込み、「クリエイターが自分なりのゾンビを創造すればいい」と繰り返し説いていた翁のこと、今となっては、KTXで元気よく暴れまくる「子どもたち」の姿も、草葉の陰から笑顔で見守ってくれているに違いない。

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