永久不滅のアンチ・ヒーロー
あらすじ
2013年。大地震で孤島と化し、新生道徳国家アメリカの流刑地となったロサンゼルスに、政府研究施設からエネルギー破壊装置のリモコンを盗み出した大統領の娘ユートピアが亡命。ブラックボックスを手にしたロスの支配者クエボは、装置を使って世界中の覇権を握ろうとしていた。追いつめられた政府は、伝説のアウトローとして名高いスネーク・プリスキンをロスに送り込み、ブラックボックスを奪還させるという極秘作戦を決行。造反防止のための致死性ウイルスを植えつけられたスネークは、10時間というタイムリミットを背負い、単身で「地獄の島」へと潜入するのだが……。
レビュー
マンハッタン島を丸ごと刑務所に仕立てるという大胆な設定、そして主人公であるスネーク・プリスキンの問答無用なカッコ良さがウケてカルト的人気を博したSFアクション『ニューヨーク1997』(81年)。前作から15年、ジョン・カーペンター監督と主演のカート・ラッセルが満を持して世に放ったのが、この反骨精神特盛り、かつヒャッハーな快(怪)作である。劇場公開当時は、カーペンター作品史上最高額のバジェットとクセ者俳優多数出演という陣構えで出撃した結果、壮絶にコケてしまった黒歴史含みの映画でもあるのだが、「退かず媚びず省みず」なスネークの前ではそんな残念賞も金メダルなみの輝きを放つ。むしろ、学校の休み時間や会社の昼休憩に「『エスケープ~』いいよね」なんて会話が当たり前のように交わされる時代が来たとしたら、筆者はそっちのほうが心配だ。
色々な映画評やカーペンター研究本で既にさんざっぱら書かれていることではあるが、このスネークという男、風采だけ取って見てみても全然カッコ良くない。ムサいロン毛で無精ヒゲ、海賊みたいなアイパッチ。革ジャンに迷彩パンツ+ブーツという組み合わせは、身の程知らずなモヤシが安易に真似ようとすれば大ヤケド間違いなしのコーディネートだ(L.A.出撃時には、強制お色直しで全身黒ずくめのステルス・スーツにチェンジ)。得物はサイ・ホルスターに収めた二丁のリボルバー。ちょっとメタボの気配が漂いつつある腹には、パンツの中から鎌首をもたげたようなコブラのタトゥーが「やらないか?」と言わんばかりに堂々鎮座している。頭のてっぺんから爪先まで、全身コレ前時代的精神の塊。国際指名手配を受けた身空でありながら、とにかくどこでも超目立つ。
それじゃあ仕事の手並はどうなのか、といえば、こちらも結構危なっかしい。任務のために支給されたツールを度々紛失し、小悪党の嘘にはコロリと騙され、いとも簡単に敵の捕虜となってしまう。人並み外れた強運の持ち主であるため、絶体絶命の危機を結果オーライ的に乗り切ることはあるのだが、そりゃ個人のスキルとは別物でしょう。「もとは米国特殊部隊で数々の武勲をたてた猛者」という設定がありながら、その行動はどうにも場当たり的で性急。ハッキリ言って、あまり大事なお使いを任せたくないタイプの人間である。
そんなキャラクターが、永久不滅のアンチ・ヒーローとして映画ファンに愛され、また崇拝され続けている理由とは一体なんなのだろう?その答えは、横暴な国家権力にも独善的な革命思想にも決して阿らないスネークの、ガツンと芯が通った強烈な自律性にある。信教や性の権利が制限され、タバコも赤身肉も禁制物にされてしまった漂白国家が押し付ける「自由」など真っ平御免。だが、大量破壊兵器の威を借りて世界転覆を企てる連中も同様にいけ好かねぇ。俺は俺の選んだ道を行くだけよ……二大勢力に背を向けたスネークが、「これが俺のやり方だ」と下した決断は、まさに彼でなければ実行できない究極のちゃぶ台返しである。私利私欲を満たすための切り札にもなり得た装置をアッサリと放り捨て、代わりに拾い上げた一本のタバコ(銘柄はもちろん“American Spirit”)にマッチで火を点けるスネーク。満足げに紫煙を燻らすその表情には、確固たる「己」を持つ者にしか纏えぬ独特のカッコ良さがある。スネークより腕っぷしが強いキャラクターなんぞフィクションの世界には掃いて捨てるほどいるが、これほど純化し、ブレないアナーキズムを突き通せる人物となると話は別だ。モラルを超越したヒーロー像、それはカーペンター監督が幾多の作品で繰り返し描き続けてきた「男の美学」の集大成でもある。
残念ながら現実世界においても、規格外のトンマ野郎がひょんなことから分不相応な権力を握り、政治や経済を好き勝手に弄り回すことがある。そんな欲望ボケした鉄面皮には、いくら言葉で非難を浴びせても所詮カエルのツラに水であり、期待したような効果はほとんど得られない。こんな時、もしもスネークがいてくれたら……何色にも染まらぬ彼のこと、弱者の味方をしてくれる保証はどこにも無いし、下手すりゃ国家消滅どころか世界が終わる。だが全てのカタがつき、スネークがひしゃげたモクを美味そうに吹かし始めたときには、それまで高みの見物をきめこんでいたトンマ野郎どものニヤニヤ笑いも、きっと綺麗サッパリ吹き飛んでいるに違いないのだ。