SF

『どろろ』レビュー!

2007年
監督:塩田明彦
出演:妻夫木聡、柴咲コウ、瑛太、杉本哲太、土屋アンナ、原田美枝子、中村嘉葎雄、原田芳雄、中井貴一

野放しにされた24体

ある戦乱の世。天下統一の野望に燃える武将・醍醐景光は、地獄堂に棲む48体の魔物と契約を交わし、生まれ来る我が子の肉体と引き換えに強大な力を手に入れる。20年後、育ての親である呪医師に仮の身体を授けられ、逞しく成長した景光の息子=百鬼丸は、奪われた肉体を取り戻すべく、左腕に仕込まれた妖刀で魔物を討伐する流浪の旅を続けていた。そんな百鬼丸の妖刀に目をつけ、しつこく付き纏うようになるのが、幼くして戦災孤児となり、今はコソ泥として日々を生きる女・どろろ。過酷な魔物退治行脚を続けるうち、いつしか深い絆で結ばれていく百鬼丸とどろろであったが、彼らと醍醐景光の因縁が明らかになった時、事態は大きく動き始める……。

巨匠・手塚治虫の同名漫画(※手塚先生がご存命であれば「漫画じゃない、マンガだ!」と仰せられるかもしれないが、ここでは「漫画」表記で通すことにする)を、『黄泉がえり』(03年)、『さよならくちびる』(19年)の塩田明彦監督が実写映像化した冒険活劇。当時、人気絶頂期にあった妻夫木聡&柴咲コウの起用や、ニュージーランドでの本格ロケ、国際的アクション監督チン・シウトンとのコラボレーションが話題を呼び、興行面でも大きな成功をおさめた。「にもかかわらず……」という文章が続いてしまうわけだが、これについては後で述べることにする。

漫画『どろろ』は、肉体のあちこちを欠け損じた主人公の百鬼丸同様、不完全な存在である。細部の改変による不整合、回収されなかった伏線、あからさまに駆け足な終盤展開などが、この漫画を「文句なしの傑作」と評することを許さない。しかし、伸び代は不完全さの中にこそ多く隠れているものであり、原典が抱えていた欠点を二次的著作物で補完してみせた実例だって沢山ある。なにより「魔物に身体の48か所を奪われた剣士の戦い」という設定は、貴種流離譚としてゾクッとするほど素晴らしく、連載終了から50年が経過した今なお、その輝きは少しも損なわれていないのだ。「もしもこの漫画を“正しく”映画化できたなら……唯一無二、至高のエンターテインメント作品が誕生するはずだ!!」……既に『黄泉がえり』を大ヒットに導いた実績があったとはいえ、『月光の囁き』(99年)や『害虫』(02年)など、繊細な感情の揺れ動きや詩情を描くパーソナルな映画の監督、というイメージの強かった塩田明彦にメガホンを託したあたり、凡百の娯楽大作とはひと味もふた味も違う革新的映像作品の誕生を、本作のプロデューサー陣も真剣に願っていたのだと思う。少なくとも、最初のうちは。

塩田監督が「この作品に人生を賭ける」と表明するほどの熱の入れようで臨んだ『どろろ』実写化企画。だが、プロダクションが進行していくにつれ、現場周辺の雲行きが次第に怪しくなってくる。まず、百鬼丸をいかにもな「作り物」として描く案は、キャスティング段階で早々にゴミ箱行き。旬の若手スター、妻夫木聡に木偶人形を演じさせるなど、勿体なさすぎて論外!というわけだ。さらに、原作では幼い子供だったどろろを成人女性に設定。ここには「ロリコン臭を排除する」という製作サイドの狙いもあったそうだが、一大カルト漫画の実写化にあたってそんなバカげた危惧を抱く時点で、どうにもピントがズレている(ドラマ『オレンジデイズ』での共演がきっかけで交際を始めたという妻夫木と柴咲の熱愛報道、当時はこちらのほうがよっぽど生臭く、物語への没入を妨げる要因となっていた)。魔物にボディパーツを奪われた赤子の造形や、欠損部分の再生描写は、観客にショックを与えまいとする配慮+R指定を回避する目的からグロ要素を削ぎ落とされ、毒にも薬にもならぬ凡庸な出来映えに。チン・シウトン演出のアクションは確かに華麗で独創性もあるが、ワイヤーワークを多用した軽功の動きは、『どろろ』の殺伐たる世界と完璧に調和しているとは言い難い(プレビズに毛が生えた程度の低品質VFXに至っては、もはや言及する価値もない)。

漫画『どろろ』が、続きもの・読み切り両方の特性を併せ持っていることも、原作から映画用シナリオへの変換を困難にしている。週1放送の連続ドラマやTVアニメであれば自然に区切りをつけられるところ、劇場用長編映画では一気にお話を進めていくしかなく、魔物1体を討ち果たす毎にストーリーに切れ目が生じてしまうのだ(勿論、作り手もそんなことは百も承知で、キーワードを用いた点つなぎやモンタージュを駆使し、可能な限りシームレスな筋運びに挑戦している。NAKA雅MURAと塩田監督の共同脚本チーム、この問題に関しては大健闘と言っていい)。加えて、百鬼丸とどろろに課せられたクエストのボリュームも、映画1本で消化するにはチト多過ぎる。続編製作が未確定の状態でスタートした企画だったため、百鬼丸と醍醐景光の対決までは何が何でも描き切らねばならず、結果、その他の魔物退治パートがダイジェスト版染みた薄味感を帯びてしまったのは当然といえば当然だ。映画の出来不出来は、撮影現場での撮れ高や編集の精度だけで決まるものではない。『どろろ』の場合、後々まで影響を及ぼす「ボタンの掛け違い」というやつが、プリプロダクション段階から既に起こっていたように思う。

映画『どろろ』は2007年に公開され、興行収入30億円超えの大ヒットを記録。本作をPG-12指定で売り出すという戦略は(数字を見る限り)まんまと成功しているし、正子公也の幻想的なコンセプトデザインや安川午朗×福岡ユタカのエキゾチックな音楽など、特筆に値する長所もあるにはある。しかし、原作が本来持っていたポテンシャルは、年間興行ランキングを賑わして終わる程度のヌルいものでは無かったはず。観客が腰を抜かすほどの荒々しさ、ときに獰猛ですらある生(セイ)の輝きは残念レベルにまで引き下げられ、希釈され、よくある娯楽作品の枠内に無理なく収まる程度の微光と化してしまった。勝ち星を掴んだはずの作り手側も、この路線で勝負を続けるのは得策ではないと判断したらしく、続編企画は頓挫。出番待ちしていた「残り24体の魔物」は、前作公開から12年を経た今でも野放しにされたままである。

実写畑が沈黙を続ける一方、TVアニメの世界では、1969年以来50年ぶりに『どろろ』が復活。2019年1月から6月にかけて、全24話が放送された。監督に古橋一裕、全体構成を小林靖子が担当したこのシリーズは、連続モノの強みを活かしつつ、新キャラクターやオリジナル展開を投入して『どろろ』ワールドを再構築。アニメーションならではのダイナミックな映像表現も満載で、極めて完成度の高い作品に仕上がっている(特に、第4話・5話「守小唄の巻」は、臓腑にガツンとくるほどの傑作エピソード)。筆者も、このアニメ版を毎週ワクワクしながら観ていたクチであるが、巧みな換骨奪胎に膝を打つ度、オトナの事情と見込み違いの蓄積で骨抜きにされた12年前の実写版に思いを馳せずにはいられなかった。映画作りのプロセスは失敗と妥協の連続であり、監督の理想とするヴィジョンをそっくりそのままスクリーンに映写することは不可能だ。お金と時間の不足、尺の問題、スポンサーや芸能事務所からの圧力、映倫審査、時代の流れ……枷となり得る要素は枚挙にいとまが無く、そんな不自由な環境で必死に闘い続ける作り手たちの心中、察するに余りある。映画『どろろ』の制作に携わった人々も、きっと心身の力のありたけを使って作品を完成させたに違いないが、この企画に巨額の予算を投じる決断が成された瞬間、映画が「そこそこの代物」止まりになることもまた、運命づけられてしまったように思う(総製作費20億円の大作をR指定付きで公開する……映画会社がこんな大バクチを打つことなど、今の日本ではまず不可能なのだ)。そして悲しいかな、刺激的な原作を平々凡々な映像作品に改悪するという行為は、今日も業界のあちこちで繰り返されている。こういう愚行を何食わぬ顔で続ける魔物、そいつらを残らず駆逐しない限り、百鬼丸が真の意味で血肉を取り戻す日など永遠に来ないのかもしれない。


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