SF

『デッドゾーン』レビュー!

1983年
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:クリストファー・ウォーケン、マーティン・シーン、ブルック・アダムス、トム・スケリット、アンソニー・ザーブ、ハーバート・ロム

大いなる力を背負わされた凡人の苦悩

平凡な高校教師ジョニー・スミスは、雨の夜に自動車事故に巻き込まれて重傷を負う。彼が長い昏睡状態から脱した時には5年の歳月が過ぎており、かつての恋人は他の男性と結婚。そしてジョニーには、手で触れた相手の過去や未来を透視する不思議な能力が備わっていた。世間から奇異の目を向けられることに疲れたジョニーは他者との関わり合いを避けるようになるが、ある政治集会で有力な上院議員候補グレッグ・スティルソンと握手を交わした際にジョニーが見たのは、合衆国大統領にまで上り詰めたスティルソンが核のボタンに手をかける「最悪の未来」のヴィジョンだった。望まずして得た自らの能力、それを使って果たさなくてはならない責任があることを悟ったジョニーは、世界の終わりを回避するべく、スティルソンの暗殺を決意する……。
 
スティーヴン・キングが1979年に発表した長編小説『デッド・ゾーン』を、『ザ・フライ』(86年)、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05年)の鬼才デヴィッド・クローネンバーグ監督が映像化したスーパーナチュラル・サスペンス。あまたあるキング原作映画の中で特に評価が高く、それまで冷たくオドロオドロしいホラー映画を手掛けることの多かったクローネンバーグが新境地を開いた作品でもある。

クローネンバーグが本作の監督を務めるという話は、過去に一度お流れになっていた。とある制作会社が原作の映画化権を獲得した頃、SFホラー『スキャナーズ』(81年)で成功したクローネンバーグに白羽の矢が立ったのだが、その後『シャレード』(63年)のスタンリー・ドーネン監督が候補にあがり、このカナダ出身の異能を起用する案は立ち消えとなったのである。それからしばらくして、『ビデオドローム』(83年)のポストプロダクション中だったクローネンバーグのもとへ、別会社に映画化権が移った『デッドゾーン』の監督オファーが再び舞い込む。ちょうどオリジナル脚本以外の企画を欲していたクローネンバーグはこの申し入れを受諾。ベストセラー作家の原作付き、しかもスリラー要素だけでなくメロドラマ的な色合いも強いストーリーを映像化するというトライアルに、鬼才の食指が動いたのだ。

シナリオをタイプする役目こそ他人に譲ったものの、ホンのあがりをただ座して待つようなクローネンバーグではなかった。原作者キングが書き上げた脚本を「不愉快な代物」と切り捨て、『ポゼッション』(81年)のアンジェイ・ズラウスキーによる脚色版は歯牙にもかけず、ジェフリー・ボーム(のちに『インナースペース』〈87年〉、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』〈89年〉等の脚本を担当)に自身のアイデアを渡してストーリーをブラッシュアップ。結果、邦訳版で上下巻相当の長い物語から大量の枝葉がオミットされ、メインプロットはシンプルかつ明瞭なものになった。『スキャナーズ』の頭部爆発ショットや、リック・ベイカーが存分に腕を振るった『ビデオドローム』の超絶特撮のような派手な見せ場はないが、カナダの税金控除システム下で脚本執筆に十分な時間を確保できなかったこれらの映画と比較すると、一見地味な『デッドゾーン』の話の骨っ節は、そのじつ意外と頑丈だ。

物語の主な舞台は、キングの小説に度々登場するメイン州キャッスル・ロック。だが、寒さ厳しいカナダのオンタリオ州で撮影された風景には、他のキング原作映画で描写されてきた「なじみの街」とはまるで異質のムードがある。名プロダクションデザイナーのキャロル・スピアー、80年代中期までクローネンバーグと組み続けたキャメラマンのマーク・アーウィンなど、監督の嗜好をよく知る常連スタッフが構築した劇中世界は、隠しようもないほどにクローネンバーグ色が濃い。同時に、ジョニーと元恋人サラの哀しきラブストーリーや、心を閉ざした少年と交流を深めていくパートでは、『ビデオドローム』までの作品には希薄だった“温もり”が塩梅よく表現されており、脚本執筆をボームに託したことが良い効果を生んでいる。原典から多くのものを削ぎ落としつつも肝心なポイントは外さない、卓越した作劇センス。必要とあらばエロもグロも臆面なく晒す作風のせいで「希代の変態監督」呼ばわりされることもあるクローネンバーグだが、ただの変態にはこんな芸当はこなせまい。

そして、ジョニー役にクリストファー・ウォーケンを起用できたことも、この作品にとって奇跡的な“アタリ”だった。不気味な狂人や人殺し、あるいは「狂った不気味な人殺し」を演じることの多いウォーケンが、ここでは非凡な能力を背負わされてしまった凡人の孤独と苦悩を、アテ書きかと錯覚するくらい見事に表している。そのハマり具合たるや、本作のスチル写真を数点でも見た後では、他の俳優がジョニーに扮している姿を想像するのが困難になってしまうほどだ。「映画の全てが彼の表情にあらわれている」というクローネンバーグの言葉は、決して大袈裟なものではない。本作がクローネンバーグ映画としては異例の温かみを帯びているのも、他人が書いた原作や脚本があるからという理由だけでなく、ウォーケンの存在に依るところがかなり大きいように思う(DVDに収録されたテレビ朝日版の日本語吹き替え音声では、故・野沢那智氏がジョニー役を担当。寂しげに微笑むウォーケンの顔と、通常モードよりも若干クセを弱めた那智ボイスがこれまた絶妙にマッチしている)。

ついでに言及しておくと、映画の公開から約20年後、ジョニー・スミスの超能力を違った形で活かせないかと考えたTVスタジオにより、連続ドラマ版『デッド・ゾーン』(02年~07年)が作られた。アンソニー・マイケル・ホールを主演に迎え、透視予知能力に様々なバリエーションをつけてみせたドラマ版は第6シーズンまで続いたが、最終的には視聴率の低迷とバジェット高騰を理由に打ち切りが決定、伏線回収も最終対決の行方もウヤムヤのままとなってしまった。コアなファンの獲得に成功し、批評家ウケも悪くなかっただけに、何とも残念な話である。

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