ミステリー

『偽りの隣人 ある諜報員の告白』笑いと涙と緊迫感……異色の社会派ヒューマンドラマ、先行レビュー!

2020年
監督:イ・ファンギョン
出演:チョン・ウ、オ・ダルス、キム・ヒウォン、キム・ビョンチョル、イ・ユビ
公式サイト:https://itsuwari-rinjin.com/

バカとシリアス、まさかの正面衝突!

1985年、軍事政権下の韓国。次期大統領選挙に出馬するべく、3年ぶりに帰国した野党総裁イ・ウィシクは、空港への到着直後に国家安全政策部によって拉致される。諜報機関の目的は国の民主化を目指すウィシクの出馬阻止であり、彼を家族もろとも自宅に軟禁、共産主義者に仕立て上げたうえで国外へ追放する狙いがあった。安全政策部のキム部長から盗聴班のチーム長に任命されたユ・デグォンは、早速ウィシク宅の隣家に張り込み、仲間と共に盗聴を開始。しかし、一家の和やかな会話の盗聴や、ウィシクとの想定外の接触を重ねるうち、デグォンの胸中では標的への敬愛の念と、己が所属する組織に対しての不信感が膨らんでいく。良心の声に従うべきか、組織への忠誠を貫き通すか。デグォンがジレンマに陥る一方で、業を煮やした国家安全政策部によるウィシク暗殺計画が密かに進行しつつあった……。

『奇跡のジョッキー』(11年)、『7番房の奇跡』(13年)のイ・ファンギョン監督による、全く立場の異なる者同士の奇妙な交流と葛藤を描いた社会派ヒューマンドラマ。何やら不穏な気配を帯びた邦題や日本版予告編から、『1987 ある闘いの真実』(17年)のような厳めしい政治モノではないかと勝手に予想していたのだが、そこは厩舎だろうが獄舎だろうが、コメディ要素の持ち込みを忘れぬファンギョン監督の腕の振るいどころ。自国の黒歴史を厳しく糾弾しつつ、ナンセンス喜劇の如き軽さも取り入れることで、お堅いムード一辺倒ではない風変わりなエンタメ作品として成立させている。

開幕早々、白昼の金浦空港でウィシクが拉致される緊迫のシーンを経て、画面はいきなり便槽内で学生運動闘士たちの会話を盗み聞きするサエない諜報員=デグォンの捜査風景に切り替わる。クソまみれで悪態をつきながら、棚ボタ的に戦果を得て小躍りするデグォン。バッチくて滑稽な場面だが、主人公の境遇と性格設定、作品の性質を一瞬で観客に理解させる手際はなかなかのものだ(直後に仕込まれた、汚物からサンチュ味噌に繋げる“くそみそスイッチング”編集も、お下劣かつ幼稚で大変にイイ)。狡猾なキム室長(キム・ヒウォン、安定の怪演!)による引き抜きで加わった盗聴チームのメンバーも、チーム長に似て少々ヌケた所があり、深読みを拗らせてドツボに嵌ったり、ウィシク一家とばったり鉢合わせしてしまったりと、ドタバタ色はかなり濃い。最初のうちは想像していた内容とのギャップに戸惑うものの、小気味よい語り口とキャスト陣の好演のおかげで、この緩い雰囲気にも次第に慣れ、遂には愛おしささえ感じるようになっていく。

ところが、本編開始から1時間ほど経過したあたりでそれまでのムードが一変。物語が急激に重くシリアスな方向へと転がり出し、音楽やカメラワークにも緊張感が漲ってくるのだ。前半部で築き上げられた緩くも穏やかな日常が、瞬く間に蹂躙され、破壊されていく様子は非常に痛ましい。事故に見せかけた口封じ、メディア弾圧、証拠品のねつ造……「特定の出来事をモデルにした物語ではない」としながらも、強大な権力を笠に着て横暴の限りを尽くす国家安全政策部には現実と地続きのリアルな怖さがある。そして、ターゲットにシンパシーを覚えながらも任務から逃げられないデグォンの苦衷、“私”と“公”の狭間で煩悶するウィシクの心的葛藤が、ほのぼのパートあってこその痛切さを帯びて胸に突き刺さる。斯様な構成を活かすためか、主役のチョン・ウやオ・ダルスなど、どんなジャンルとも親和性の高い俳優を多数起用しているあたりも巧妙だ。盗聴されていることを承知の上で、ウィシクが亡きチングへの思いの丈を独り吐露する場面や、ヤニ友となったデグォンとウィシクが、互いの正体についての決定的な言及を避けながら静かに語らう屋上シーンなど、琴線に触れる瞬間は数多い。

よく似たヒストリーが実際にあるとはいえ、これはあくまで架空の物語。どんな結末を迎えるのか、いよいよ見通しが立たなくなってきた……というところで、またもファンギョン監督ならではの仕掛けが景気よく炸裂。なんと、しばらく鳴りを潜めていた“バカの虫”が突如として騒ぎだし、マジメ一色に染まりつつあったストーリーに体当たりをかましてくるのである。バカとシリアス、まさかの正面衝突!昔懐かしい「ズコーッ!」なる擬音が聞こえてきそうな場面であり、これには筆者も椅子からズリ落ちかけたが、観終わってからの余韻は不思議と悪くない。こうした程よくライトな決着のつけ方に安らぎを見出す向きも、実は結構多いのではなかろうか(気分を落ち込ませるニュースばかりが目立つ、昨今のような世相なら尚更のこと)。腹持ちよろしく、しかも重すぎない、ハートウォーミングな良品だ。

【映画『偽りの隣人 ある諜報員の告白』は9月17日(金)より、
シネマート新宿ほかにて全国ロードショー】

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※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症流行の影響により、公開日・上映スケジュールが変更となる場合がございます。上映の詳細につきましては、各劇場のホームページ等にてご確認ください。

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